くりーむ "万延元年のフットボール" 2026年5月5日

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@cream
2026年5月5日
万延元年のフットボール
万延元年のフットボール
加藤典洋,
大江健三郎
11章から面白くなります。 【以下ネタバレです。】(通常私は、物語のネタバレについては躊躇を覚えないのですが、この作品については、ミステリー的な側面があるので、ネタバレを注意しました。) さて、最終章では、鷹四が抱いていた曽祖父の弟への印象が、決して間違ったものではなかったことを裏付けるような証拠(地下倉)が発見され、蜜三郎は、鷹四の近親相姦の告白(*)を辱めたことを悔い、「自分たちの地獄を確認し、「本当の事」を叫んでそれを乗り越えた」(p.442)、それは「自分の identity を確認し、自己統一をとげ」(同)ることにほかならないのだと理解します。そしてその一方で、蜜三郎は自分にとっての「本当の事」を見極められないのだ、として己を曖昧で無力なものに感じます。 私はこのあたりに今ひとつ納得いかない感じを持っています。というのも、鷹四の犯した「罪」というのは、司法においてどの程度裁かれるかは別にして、道徳的にかなり許されない類のことであって、蜜三郎がそれを辱めるのは、少なくとも、本文で書かれていた程度のものであれば、流石に文句は言えないでしょう。それでも鷹四を詰ったことを後悔してしまうのは、蜜三郎もやはり、歴史とその解釈・或いは物語に見立てることで現実を解釈してしまう、鷹四の持っていた傾向を共有しているからのようにおもえます。おもえば、「肉体派の娘」の死についても、蜜三郎は、自分の構成した物語を軸に解釈を重ねていくのであり、蜜三郎と鷹四の間に、「肉体派の娘」の遺体が現れることはありませんでした。ここでも、物語が先行しているようにみえます。「物語」というものの魔力が蠢いているように感じました。これは、なにかに己をなぞらえること・一定のコンテクストに倣って行動することのレベルまで抽象化すると、なかなか広い射程を持ちうるとおもいました。 もっと素朴に、蜜三郎の後悔は自殺の神秘化であり、ともすれば、自分の地獄(それはこの作品の中では他人を「殺してしまう」ような暴力の経験!)を所持し、直視し、それでもって自殺するのでなければ、自己の一貫性というものを描けないという考えにも容易に転倒しうるもので、危ういのだ、という言い方もできるとおもいます(尤も、この作品の登場人物に感情移入しきれるひとがどの程度いるのかはわかりませんが)。 妻を「寝取られる」ということについては、もう少し、歴史的な視点を導入してみると、なかなかおもしろいとおもいました。1950年、当時の蔵相池田勇人は「日本はアメリカの妾である」という発言をしています。これに代表されるように、戦後の日本には、日本という国家が女 = 妻なのであり、国民は男 = 夫で、それを寝取られているのである、という構図の言説がしばしばあるようにおもいます(小熊英二『民主と愛国』を読んでの印象なので、どの程度正当化できるのかは定かではありませんが)。すると、このような言葉の慣習に乗っかって、蜜三郎という人物は、戦後の自意識とでも言いうるものの具象化と見えなくもないです。蜜三郎やその周辺のアジア太平洋戦争前後を貫く家父長制や帝国主義(外部に侵入していく運動(それは鷹四や曽祖父の弟の冒険性に通じる)の中に自己自身・その統一性・その保存を見出すヨーロッパの心!(竹内好によるヘーゲル理解を参照))は、そのまま、日本という国家を通底する家父長制や帝国主義を間接的に描写している、と読めるのかもしれません。 もう少し小さな、個別の人間のレベルの話として、(*) のことを考えます。鷹四にとっての「本当の事」というのは、恐らく、単なる近親相姦を超えるなにか、なのでしょう。ここで注意しておきたいのは、蜜三郎に言わせれば鷹四は「本当の事」を言って自分の地獄を直視して死んだ、ということになりますが、どうも鷹四と妹の間の関係をみるとそんな冒険性みたいな話ではないようにおもえる、ということです。鷹四は確かに、妹と性行為をするのですが、それは「欲望と恐怖心とで頭がやられて」いたことによるのであって、その後の「隠蔽」もすべて欲望と特に恐怖心によるもののように見えます。当然、最低なんですけど、これは決して、冒険心とか、或いは自発的な攻撃性によるものではない。むしろ、ここで描かれるのは、そこに存在していた「力関係」を利用している小心者としての鷹四です。このことを考えてもやはり、蜜三郎は物語を先行させてしまっているようにおもいました。 とはいえ、ここに挙げたものは、作品を最後の数章を中心に読むやり方なので、実はもっと前のところを中心にしてみることで、ガラッと印象の変わる理解ができたりするのかな、とおもっています。
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@cream
こういうことを書くなら、菜採子の視点からこの物語を見てみる必要があるとおもいます。どういう部分から始めればいいか、まだわからないけれども。
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