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@blue_27
2026年5月5日
読書メモ
明治6年、7年にそれぞれ刊行された単語篇や旁訓単語篇により、統一されたひらがなとカタカナの字体が示された。
これが初等教育において教えられるようになる。
この時期にはまだ全国共通の口語文体は確立していない。
新政府の要人が薩長土肥の方言話者であったことも、一つの要因だった。
一方で、方言の差が現れない文体として、漢字カタカナ混じりの文語文があった。
これは実用的な文書スタイルとして定着しており、「明治普通文」と呼ばれる。
この「明治普通文」は教育を受けた男性の日記やメモ書きなど、広く使用された。
そして明治30年頃、ようやく東京語が生まれる。
それと同じくして言文一致運動がはじまり、完成は大正10年(1921)となる。
東京語をもとにした口語体はひらがな文であり、小説や新聞、教科書などが使用することによって、社会での安定した地位を獲得する。
しかし、詔勅や法律などの公文書がこれに追随しなかったことが、仮名遣い改定問題に端を発する。
仮名遣い改定問題とは、「古代の仮名用法に基づいた近世以来の仮名遣いを改めて、明治後半当時の東京語の発話と発音を反映した文体の綴りに改定しようとした朝野をあげての運動」p134
この問題も一筋縄ではいかない。
「京」一文字をとっても、「きよう」にするべきか、「きやう」なのか、はたまた「けふ」なのか。
基準となる仮名遣いが存在していなかった。
そもそも、ラジオなどの音声媒体がないため、東京語とは何なのかが全国に知り渡っていない状態。
大正14年にNHKラジオ放送がはじまり、このとき初めて、東京語を耳にするのが大半であった。
仮名遣い改定問題は、詳細が確定していないことによる小学生への教育問題や国体にまつわる騒動にも発展する。
そして紆余曲折を経て、昭和21年(1946)、表音式を取り入れた「現代かなづかい」を吉田茂内閣が訓令し、決着。
現代の日本語に至る。
まさか、今の口語体が確立したのが80年前だとは…
たしかに、大戦の動画とかでは漢字カタカナ文を声に出して読んでいる場面が非常に多いことが思い起こされる。
この時代はこんな喋り方なんだ〜くらいにしか思っていなかったけれど、改めて80年前に国として統一されたと知ると、平安時代からひらがなの全身があったことを考えても中々の衝撃。
いや〜おもしろい。この本を手にとってよかった。
知識や興味の幅が、より一層広がった気がする。楽しい。
