
吹
@ojamimi
2026年5月5日

すべて真夜中の恋人たち (講談社文庫)
川上未映子
読み終わった
それでね、わたしが言頼するのは、すきとか恋愛とか、愛とかそういうところから出発するようなものじゃなくて、まずその人の仕事にたいする姿勢であるってことなの」「仕事の姿勢?」わたしはききかえした。
「そう。姿勢。仕事にたいする姿勢よ。そこにはね、その人のぜんぶがあらわれるんだって、そんなふうにわたしは思ってるところがあるのよ」「それは、真面目さとか、・・・・・・そういうの?」とわたしはきいてみた。
「そうね」と聖はちょっと考えるようにしてすこしのあいだ天井のほうをみつめてから、何度か肯いた。「平たく言えば、そういうことかも知れない。仕事ってね、それが家事でも、スーパーのレジ打ちでも、たとえばデイトレードでも肉体労働でもなんでもいいの。種類でもなければ、結果を出すとか出さないとか、そういうものでもないの。結果なんて運もあるし、そんなものいくらでも変わるもの。他人なんていくらだって言いくるめることはできるし、ごまかすことだってできるしね。でも、自分にだけは嘘はつけないもの。自分の人生において仕事というものをどんなふうにとらえていて、それにたいしてどれだけ敬意を払って、そして努力しているか。あるいは、したか。わたしが信頼するのはそんなふうに自分の仕事とむきあっている人なのよ。
わたしたちはお互いにお互いを構成するものをすこしずつ交換しながら、わたしは三束さんの記憶につまさきをそっと入れてゆく思いだった。
けれど、わたしが知りたいと思いはじめている三東さんについては、何もわからないままだった。
三束さんがわたしの体にふれるたびに、ふたりの体をひたした温かい液体がしずかにおおきく波をたて、何度でも気が遠くなる思いだった。そして、すきな人の目をこんなに近くでみつめることがこんなにも鮮やかでやさしく、体のいちばん奥のあたりからうまれかわるような思いのするものなのか、自分の身に起きていることにふるえるような思いで三束さんの背中に手のひらをまわして、おなじところを何度でもなでつづけているのだった。
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はじめましての川上未映子作品。
描いてある世界がクリアで、とにかくひとつひとつの言葉が洗練されていてうつくしい、というのが印象。
序盤の方は、この物語はどこに向かって進んでいくのだろう…と思いながら読み進めていたけれど、中盤を越えて 三束さんと冬子のきもちがグラデーションのように、本人たちにしか分からないくらいほんの少しずつ近づいてゆくその描写に胸がくるしくなった。純粋にひとを想う気持ちのなんとうつくしいことか。
ほかの作品も読んでみたいなぁ。