
チャイ
@chai_cat
2026年5月7日
世界99 下
村田沙耶香
読み終わった
読書メモ
如月空子と白藤遥は対の存在と思う。
社会対個というか…
変わりゆく社会に適応し、ピョコルンとなった私。
とりわけ上巻において鏡面的自己が際立った私。
対比的に、個を貫いた存在、白藤遥。
まるで『実存は本質に先立つ』である。
正しさとか考えること、が先にありそれらが白藤遥を成り立たせていると。
また『過去・現在・未来の自分が連続した存在であり、社会の中で他者と共有された本質的特徴を持つ自分である」と自覚できる確かな感覚』——アイデンティティ、同一性達成型。
それが…
それが私は尊くて…
なぜならば白藤遥は私自身と似ているから。
正しくあり、考え続けること、考えるのを決してやめないこと、相手を尊重すること。
ピョコルンとて人として尊重する…個としては正しく、社会としては異端。
ふと思う、『白藤さんは、宗教が生まれたときからある国に生まれてきたほうがきっとよかったのではないかとも感じる。ずっと、祈る場所を探しているようにも見える。』下巻381P
聖書的に見れば
原罪として産みの苦しみを与えられたイブ、それをピョコルンに転嫁した世界。
けれどもピョコルンは、救世主として祀られているわけではない。
社会機能として、女性性を引き受けさせられた存在。
社会が苦しみを外部へ転嫁し続ける世界で、白藤遥だけは、最後まで「個」として生きた。
私もそうありたい。
