
ヒヨリ
@charonll
2026年5月7日
検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?
小野寺拓也,
田野大輔
かつて読んだ
小川幸司の「論破型歴史叙述の問題点を考える」を読んだついでに、以前本書を読んだとき疑問に思った点を再度記録しておく。
⭐️結局、良いか悪いかという論点そのものが神の視点ではないか?
◎無色透明な尺度を持てないのはしょうがないが、「ナチスの政策はすべて悪だ」というバイアスが掛かった状態の、結論ありきの状態で議論が進んでいる気がする(「ナチスは『良いこと』もしたのか」という論点でそのバイアスはダメだろって感じ、否定することが目的になってる?)
◎歴史意識にまで踏み込んでいく→歴史知識を「良い/悪い」の感情使って教えていくのはプロパガンダ的すぎないだろうか…?
p.4 「尺度は時代や文化で変わる」のはその通りでは?
p.110 多くの人びとはヒトラーを「悪の権化」と決めつける「教科書的」な見方に不満を抱き、「ナチスは良いこともした」といった「斬新」な主張に魅力を感じている。
←これも、まだ単なる<意見>に過ぎないのでは?
「良い/悪い歴史」を誰が、どんなプロセスを経て決めて、それを誰が教えられるのか?「良い/悪い」という2項対立で歴史を捉えることでこぼれ落ちるものは何なのか?
⭐️そもそも、特権のない歴史学は可能か?
この問いとセットで考えない限りパブリック・ヒストリー含めて難しいと常々感じる
筆者は本文内で引用の仕方に問題があったらしい…歴史的な正しさとは、明確な善悪や真偽の区別を求める正義感よりも、「歴史に対する真摯さ」で測られるべきだと思う。
プロセスをとにかく丁寧にすること。自戒の意味も込めて、大変参考になった。
特権のない歴史学については今後も考え続けなければならない。



