

ヒヨリ
@charonll
人文書、短歌、SF小説多め
- 2026年4月29日
日本社会と外国人朴沙羅買った - 2026年4月24日
文学カウンセリング入門キム・ギョンヒ,チン・ウニョン,吉川凪買った - 2026年4月23日
- 2026年4月23日
共生の思考法塩原良和買った - 2026年4月22日
文学カウンセリング入門キム・ギョンヒ,チン・ウニョン,吉川凪まだ読んでる◯(他者志向的である)美的活動の喜びは、対象と自己との関係から生じるのではなく、芸術的対象の周りに集まった人びとに共通の感覚である美を見いだすことから生じる ◯文学的活動を、活動の結果ではなく過程において意味化するプラクシス的地平が、文学自体に内在している ◯自分だけのやり方で考える権利を自分に保障している人が、自分の孤独を愛する人 ◯文学カウンセリングとは、悲しげな著者として出発した人を真摯な著者に変貌させる過程(ニーチェ) ◯読書とは「自分の影を浸したもの」を読むこと(リルケ) ◯怒りや悲しみの内実は人によって違い、それを同じ言葉で呼ぶことは個々の体験を曖昧なものにする すごく良い!!!買いなおして後半の実践パートやってみたい 理論面でも『歴史は現代文学である』の内容に通ずるところがあるし、今の研究の参考にもなりそう 美は本質的に社交性に基づいている、という視点もすごく新鮮で、でも確かにそうかも 作品と自分自身の対話というふうに解釈するのかな?と思ったけど、さらに発展して同じ作品を味わう場での出会いというか…美術館でも完全にひとりきりではないし 共有やコミュニケーションが美の本質なら、確かにその鑑賞において、限られた人たちが独占している秘訣や秘密はない 美術とアカデミーはけっこう関係が深いけど、教授や専門家ぐらいの知識がないと美的、知的活動を楽しめないなんて思わないし 早くまた読み直したい〜 - 2026年4月21日
- 2026年4月21日
- 2026年4月20日
暇と退屈の倫理学國分功一郎借りてきた - 2026年4月20日
- 2026年4月20日
この国(近代日本)の芸術小田原のどか借りてきた - 2026年4月14日
歴史修正ミュージアム小森真樹借りてきた - 2026年4月14日
影犬は時間の約束を破らないパク・ソルメ,斎藤真理子読み終わったこの人の本を読んでいるとき、日記を読んでるみたいだといつも思う。小説を読むと何かしらの感情や記憶が喚起されたりされなかったりするが、それがあんまりない。冬眠する人とそれを見守るガイドの関係のように、まったく見知らぬ相手の頭の中を覗いてしまっているような、それとも何にも分かっていないような…この不思議な感覚が印象的で、読んだ感想や内容を誰にも説明できることはないし、自分でも何を読んだのかよく分からないままなんだけど、この開かれた状態がパク・ソルメの"通気性の良さ"なのかもしれない。構成らしい構成がないという構成、記憶や出来事や感情が縦横無尽に、それこそ日記のようにとりとめなく流れていく。 日々で起きる大体のことは筋が通っていないし、びっくりするくらい代わり映えしないことも多いけど、どの登場人物もある種そういうままならない日々を思うように生きている、ように振る舞っている気がして、実際彼らはよく歩き、よく食べ、よく考えていて、よく生きている。そこが結構好きだ。 分かりやすい人生への絶望とか、感動とか、そういう剥き出しの感情にさわることがない。 でもそんなもんだとも思う。生きていて何かしらが起きる瞬間と、感情や思考が生まれ、それが「感情として感じられるまで」「思考になるまで」の間には距離があって、それを他人がさわったり見えたりすることはあんまりない。 もし彼らと私が出会っても、実際に交わせるのは「」で囲まれた、発話された部分だけにすぎない。 だから、されなかった部分に思いを馳せること。 実際、この本を埋めるのはそういう、自分や自分以外の相手、またはさまざまな出来事、物に思いを馳せる時間で、この作業こそが私たちとさまざまな人や物、空間、または時間との関係を結び直すのだと思う。 これからやること、やらないこと、できること、できないこと。 これから出会う人、出会わない人、出会った人、出会えなかった人。(人だけじゃなく) それらすべてと平等に、地道に、ゆっくりと関係を結ぼうとするのがパク・ソルメなのかもしれない。 - 2026年4月8日
在日外国人と帰化制度浅川晃広借りてきた - 2026年4月8日
わたしもじだいのいちぶです丹野清人,康潤伊,鈴木宏子借りてきた - 2026年4月8日
- 2026年4月8日
モモミヒャエル・エンデ,大島かおり借りてきた - 2026年4月8日
アムリタ 下吉本ばなな借りてきた - 2026年4月8日
- 2026年4月8日
- 2026年4月8日
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