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ヒヨリ
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@charonll
人文書、短歌、SF小説多め
  • 2026年6月12日
    オルター・ポリティクス
    オルター・ポリティクス
    塩原良和『共生の思考法』を読んでいて気になったので。
  • 2026年6月12日
    フィフティ・ピープル[新版]
    フィフティ・ピープル[新版]
    チョン・セラン작가님のトークイベントが当たりますように…と思いながら借りました🫣
  • 2026年6月11日
    ながい窖
    ながい窖
    内容・解説ともに読んで本当に良かった。1970年に描かれた作品が、時代の波から掬い上げられ、こうして読めるようになったことの意味を考えてしまう。 極めつけは手塚プロダクション/法政大学出版局からのメッセージ。 「もとより私たちは地球上のあらゆる差別に反対し、差別がなくなるよう努めてまいります。それが出版に携わる者の責任であると考えます。読者の皆さまも、この手塚作品に接するのを機会に、様々な差別を把握され、事実を認識し、この問題への理解を深めてくださいますようお願いいたします。」 読者として、こんな託され方をしたのは初めてでビックリした。日々応答したい。
  • 2026年6月11日
    ながい窖
    ながい窖
    絶対読まなきゃ、と思って。
  • 2026年6月10日
    アセクシュアル アロマンティック入門 性的惹かれや恋愛感情を持たない人たち
    やっぱり私は恋愛と友愛の区別がつかなくて、特別な一人を決めるということもできない。自分のこういうあり方をカテゴライズして安心することもできない、というか枠組みのなかに自らを固定したくない。 だからこの本では逆に、人々の様々なあり方…規範や理論の枠組みを知ることで人々の関係性、ジェンダーやセクシュアリティにまつわる構造を見通すことができてよかった。 この社会には様々な人がいて、あり方があって、私自身も不変じゃないし…全ての人と同じようなやり方で関係性を築くわけじゃない。 アロマンティック/アセクシュアルというあり方をアイデンティティや関係性の判断基準に据えるよりも、色々なものを問い直すための方法として持っておきたいなと思った。 余談だが、本書で紹介されていたブレイクの議論(結婚制度に紐づいている各種権利義務をバラバラにしようという趣旨)にものすごく賛成する。 ひとがひとと生きる(そうしなくてもいい)ということをもっと手広く歓迎してくれる、サポートしてくれる社会になってほしい。
  • 2026年6月7日
    ギリシャ語の時間
    ギリシャ語の時間
  • 2026年6月7日
    少年が来る
    少年が来る
  • 2026年6月6日
    人といることの、すさまじさとすばらしさ
    人といることについて、自分ではここまで考えたことはないし 性格上これからもないかもしれないけど、目の前の人がその凄まじさや素晴らしさを感じ取っているのだとしたら…と想像する余地を知って、誰かに早く会いたいなと思った。
  • 2026年5月22日
    人といることの、すさまじさとすばらしさ
    バイト前に図書館に行けたので…🙂‍↕️🍵嬉しい
  • 2026年5月20日
  • 2026年5月14日
    日本オーラル・ヒストリー研究 第21号
    日本オーラル・ヒストリー研究 第21号
    保苅実特集をまだ読めてないので後日。
  • 2026年5月14日
    日本オーラル・ヒストリー研究 第20号
    日本オーラル・ヒストリー研究 第20号
    すごく参考になる内容……後日ちゃんとまとめる!
  • 2026年5月10日
    共生の思考法
    共生の思考法
    第一章まで!「役に立つ」ことを自らに課すと、「役に立つ」かどうかで他者との関係性を測るようにもなる。しかもそれは「利益」として可視化される必要がある…ここで経済ベースの論理に乗るのではなく、「役に立つ/立たない」という価値基準以外を提示しないといけない ◎"各個人が(日常や労働の場で)市場の動きにスピード感を持って対応するため、自己責任によって絶えず自己啓発していかなければならない"「ネオリベラルな統治性」のもとに人々が規律化される →移民の社会的、文化的承認のプロセスよりも保守・排外主義的ナショナリズムによる批判に対抗するために、「多文化主義は国益に資する」という経済ベースの正当化の論理 →移民受け入れの選別制の強化 日本(人)に経済・社会的に貢献しうる「外国人材」のみを包摂すると同時に、コスト/リスクだとされた外国人を排除する「共生のための排除」の論理が強調されている。その結果、難民認定申請者や非正規滞在者を「不法」「偽装」とスティグマ化し国外退去を促進する、あるいは十分な支援をせずに仮放免措置によって地域社会に「放置」する ◎「みんな違ってみんないい」→"マジョリティもマイノリティも「個性」としての差異を持つので等しく尊重され、包摂されるべき"……? ある社会で「弱者」とされる人々がそれぞれの歴史的・社会的・政治的背景のなかで被ってきた、マジョリティが決して経験してこなかった特別な困難が無視・軽視されがちになる。その結果、自分たちの経験の特殊性を強調する「弱者」たちの主張や要求が「みんな多様なのに、あの人たちだけが特別扱いされるのはおかしい」という反発を招き、「お前だけが苦しいのではなくみんなが苦しいのだから、身勝手な自己主張で私たちに責任転嫁をせず、 自分たちでなんとかしろ」という自己責任論を引き起こしてしまう。「みんな多様だよ」という決まり文句が、より弱い立場にある人々の主張やニーズを否定し、現存する差別や不公正を隠し助長する帰結をもたらしうる。
  • 2026年5月7日
    検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?
    小川幸司の「論破型歴史叙述の問題点を考える」を読んだついでに、以前本書を読んだとき疑問に思った点を再度記録しておく。 ⭐️結局、良いか悪いかという論点そのものが神の視点ではないか? ◎無色透明な尺度を持てないのはしょうがないが、「ナチスの政策はすべて悪だ」というバイアスが掛かった状態の、結論ありきの状態で議論が進んでいる気がする(「ナチスは『良いこと』もしたのか」という論点でそのバイアスはダメだろって感じ、否定することが目的になってる?) ◎歴史意識にまで踏み込んでいく→歴史知識を「良い/悪い」の感情使って教えていくのはプロパガンダ的すぎないだろうか…? p.4 「尺度は時代や文化で変わる」のはその通りでは? p.110 多くの人びとはヒトラーを「悪の権化」と決めつける「教科書的」な見方に不満を抱き、「ナチスは良いこともした」といった「斬新」な主張に魅力を感じている。 ←これも、まだ単なる<意見>に過ぎないのでは? 「良い/悪い歴史」を誰が、どんなプロセスを経て決めて、それを誰が教えられるのか?「良い/悪い」という2項対立で歴史を捉えることでこぼれ落ちるものは何なのか? ⭐️そもそも、特権のない歴史学は可能か? この問いとセットで考えない限りパブリック・ヒストリー含めて難しいと常々感じる 筆者は本文内で引用の仕方に問題があったらしい…歴史的な正しさとは、明確な善悪や真偽の区別を求める正義感よりも、「歴史に対する真摯さ」で測られるべきだと思う。 プロセスをとにかく丁寧にすること。自戒の意味も込めて、大変参考になった。 特権のない歴史学については今後も考え続けなければならない。
  • 2026年4月29日
    日本社会と外国人
  • 2026年4月24日
    文学カウンセリング入門
    文学カウンセリング入門
  • 2026年4月23日
    八木重吉詩集
    八木重吉詩集
    うれしい またゆっくり読み返して、心の中に浸すんだ〜
  • 2026年4月23日
    共生の思考法
    共生の思考法
  • 2026年4月22日
    文学カウンセリング入門
    文学カウンセリング入門
    ◯(他者志向的である)美的活動の喜びは、対象と自己との関係から生じるのではなく、芸術的対象の周りに集まった人びとに共通の感覚である美を見いだすことから生じる ◯文学的活動を、活動の結果ではなく過程において意味化するプラクシス的地平が、文学自体に内在している ◯自分だけのやり方で考える権利を自分に保障している人が、自分の孤独を愛する人 ◯文学カウンセリングとは、悲しげな著者として出発した人を真摯な著者に変貌させる過程(ニーチェ) ◯読書とは「自分の影を浸したもの」を読むこと(リルケ) ◯怒りや悲しみの内実は人によって違い、それを同じ言葉で呼ぶことは個々の体験を曖昧なものにする すごく良い!!!買いなおして後半の実践パートやってみたい 理論面でも『歴史は現代文学である』の内容に通ずるところがあるし、今の研究の参考にもなりそう 美は本質的に社交性に基づいている、という視点もすごく新鮮で、でも確かにそうかも 作品と自分自身の対話というふうに解釈するのかな?と思ったけど、さらに発展して同じ作品を味わう場での出会いというか…美術館でも完全にひとりきりではないし 共有やコミュニケーションが美の本質なら、確かにその鑑賞において、限られた人たちが独占している秘訣や秘密はない 美術とアカデミーはけっこう関係が深いけど、教授や専門家ぐらいの知識がないと美的、知的活動を楽しめないなんて思わないし 早くまた読み直したい〜
  • 2026年4月21日
    在日外国人と帰化制度
    「帰化」と書いてあるから当たり前に「帰化」について、「帰化」という言葉を使って考えていたけど適切なのかな
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