

ヒヨリ
@charonll
人文書、短歌、SF小説多め
- 2026年9月16日
夫婦の親密性とジェンダー平等岡田玖美子読みたい - 2026年9月8日
My Little New York Times伊藤総研,佐久間裕美子読みたい - 2026年9月8日
- 2026年8月31日
はだしのゲンわたしの遺書中沢啓治読みたい - 2026年8月27日
当事者は嘘をつく小松原織香読み終わったオーラルヒストリーを研究している身として考えさせられることだらけだった… "この物語は真実だが、私は常に「嘘をついている」と思いながら語っている。あなたが、私の言葉を疑う以上に、私は自分の言葉を疑っている。だからこそ、私はあなたに最後まで聞いてほしい。真実を明らかにするためにではなく、私の生きている世界を共有するために。" "私にとって性暴力被害者であるということは、 自助グループの仲間たちとともに作り上げたアイデンティティである。そのなかには、他者の記憶も混入し、個別の「私」という存在の輪郭は曖昧になっている。私 が「性暴力被害者として語る」ということは、「内面化した被害者たちの複数の声で語る」ということである。" "「私は嘘をついている」 相反する私の強迫観念が、私のなかから湧いてくる。ここまで生き延びてくるのと引き換えに、私は自分の記憶を忘れ、他者の記憶を背負い、嘘の物語を生み出し、 夢を描いてきた。だから、もうあのときの「正しい記憶」は壊れてしまっている。だから、どんなに言い繕っても、私の話は真実ではない。 「私は〈本当の性暴力被害者〉ではないかもしれない」 そのことが、私の一番の弱さだ。物証はなく、目撃者もいない。それ以上に、私自身の記憶ももうぐちゃぐちゃに崩れ、原型をとどめていない。" "私が語ったのは、きっと嘘がたくさん含まれた物語である。都合のいいところだけを書いたし、ここで描かれるのは「こうあってほしい私」の話だ。できるだけ楽しい場面も盛り込んで、ギリギリでハッピーエンドになるようにしておいた。 これは、私が描き出した精一杯の当事者の夢である。私(たち)は生きていける し、研究者になれる。" - 2026年8月27日
呉圭原詩選集 私の頭の中まで入ってきた泥棒吉川凪,呉圭原読み終わった途中で気づいたけど、茨木のり子さんの『韓国現代詩選』でも訳されていた人だ。 「ふと生き方を間違えているような気が」を、「突然 間違って生きているという思いが」としてずっと読んできたから不思議な感じだった。訳す人によってこんなにも詩の印象が変わるなんて…! ・私の濡れた身体を抱き どうせ間違えたのなら間違えたまま生きていくのも一つの方法だよと悪魔のような夜が私にささやく(吉川凪訳) ・わが濡れたからだを抱きしめて ひきつづき間違って生きる方法も方法であるよと 悪魔のような夜がわたしをたぶらかす(茨木のり子訳) 『龍山にて』『コスモスを唱える』『バス停で』が特に好きだった。 ・我々の愚かさが我々の意志と理想の中に育ちながら揺らぐように/ 君の愛も信頼も/ 私の詐欺も詐欺の確かさも/ 確かなぶんだけ不確かで/ すてきな草原には雑草が茂る 確かでないとか愛しているとか それがどうした/ 詩には何もない 詩には/ 我々の生があるだけ/ 残っている我々の生は常に我々に出合う/ ぶざまに/ 信じたくないだろうが/ とてもぶざまに ・大通りで秋はいきなり 一九六〇年二月一日に日本が韓国統監府を設置したことを知っているかと問う … 唐突に あるいは苦しみながら 死なねばならなかった人たちが歩いた足跡を復元し 私達が忘れないよう 秋がそんなふうに毎年見せてくれる 死者たちのちぎれた服や肉片や血 滴る血… ・僕がバスを待ちながら/ 来ないバスを/ 詩と言ったらいけないだろうか/ 詩を知らない人たちを/ 詩と言ったらいけないだろうか - 2026年8月27日
斜め論松本卓也ちょっと開いた◯「垂直方向の特権化を批判しつつ」、「現代的な水平方向の重視に完全に乗るわけでもなく」、「『斜め』を目指すこと」 私自身は精神病理学、精神分析等については知識がないので、第三章: 「生き延び」の誕生ーー上野千鶴子と信田さよ子 と第四章: 当事者研究の政治 だけとりあえず読んでみた。(ここだけでも十分に面白かった) ・上野にとって、大義のために死ぬことよりも、「今日のように明日も生きる」ことのほうがずっと重要であったのと同じように、死ぬしかないと思えてしまうような「煮詰まった」状態にある「苦痛」もまた、現実という地に足をつけた「苦労」に変えることができ、その「苦労」を生き延びていくことのなかにこそ回復があるのだ。 アルコール依存や統合失調症を「完全に治す」という大義に関して当事者と治療者がどれだけ無力を感じたとしても、それは決して絶望すべき事態ではない。むしろ、「一度限り決定的な」大義と結びついた「苦痛」から離れ、「そのたびごと」の「苦労」に目を向けることができるようになることこそ、回復なのである。 ・垂直的なものによって奪われた主権は、水平的な関係を経由することによって回復することができるのだ。 そこで回復される主権は、仲間との水平的な関係によって支えられた垂直的なもの、いわば「斜め」の主権と言えないだろうか。 べてるの家において、このような「斜め」の主権のあり方は、「自分のことは自分"だけで"決めない」というスローガンによって明確化されている。これは、「自分のことは自分で決める」という当事者による自己決定とは区別される。というのも、後者の自己決定は、むしろ水平方向のやせ細りと、垂直方向への過剰な跳躍ーーすなわちビンスワンガーのいう「思い上がり」ーーと区別ができないからだ。べてるの家の「自分のことは自分"だけで"決めない」とは、人間学的均衡にもとづいたオルタナティブな主権のスローガンでもあるのだ。 - 2026年8月27日
帝国主義と闘った14人の朝鮮フェミニストー独立運動を描きなおす宋連玉,尹錫男,金伊京,金美恵ちょっと開いたただの伝記ではなく、一人称視点の語り、手紙、インタビューなどが混ぜ合わされた叙述スタイルが面白かった。14人それぞれの歴史を反映させた윤석남 작가님の絵を見るだけでも感じるものがある。
- 2026年8月27日
ちょっと開いた政治の場において使われる言葉の軽さについて考えたいと思って借りてきた。「桜を見る会」に関して反社会的勢力を「定義することは困難である」とした政府や、杉田水脈議員のツイッターにおける誹謗中傷への「いいね」についての裁判所の解釈などが興味深かった。いずれもっとちゃんと読み込みたい。 ・「誤解を招いたとしたら申し訳ない」のような条件つきの謝罪は、本当の意味での謝罪ではないーー謝罪もどきにすぎないーーとときに非難される。ただし、こうした非難に値するのは、 自分が悪いことをしたとわかっていてする条件つき謝罪であり、条件つき謝罪一般ではない。 ・謝罪に条件をつける、というのは謝罪のリデザインだ。謝罪に限らず、発語内の力は、必要に応じて作り変えることができる。既存の発語内行為では十分対応できない問題に対処するために発語内の力を改良したり、新たな発語内の力を作ったりする営みを、言語行為工学と呼ぶ。 ・言葉の意味や発語内の力を自分の都合のいいように捻じ曲げる行いの横行は、それを牽制すべく意味や力を変える余地そのものを制限する一種の圧力になりうるということだ。意味の表と裏の揺らぎを利用した言質逃れは、このようにして今あるコミュニケーションの仕組みをじわじわと蝕んでいきうる。 →こうした構造を指摘することが、言質の揺らぎを利用した責任逃れを牽制しコミュニケーションの豊かさを守る一助になるのではないか。 - 2026年8月26日
骨を掘る男奥間勝也読み終わった「戦没者への最大の慰霊は、二度と戦争を起こさせないことだと思っています」 "会ったことのない者の死を悼むことはできるのか?"という著者の問いの答えに一番近いのは具志堅さんのこの言葉じゃないかなと思った。 永井さんとの対談も良かった!「戦争を知っている私たち」という表現をあえてするという話や、「『自分ごと』にしないと考えられないのか?」という話には納得したし、肝に銘じておきたい。(ただ、VRによる経験が色々なものを奪うという話など……身体性のある経験が大事なのはよくわかるんだけど、経験主義、現場主義って身体が自分の思うように動かない人たち(障害者の人々も含めて)、自由に移動できない人たちを置き去りにしている限り信用ならないなーとも。) - 2026年8月26日
増補新版 韓国文学の中心にあるもの斎藤真理子読み終わった時間がかかったけど読めてよかった…!本文で紹介されていた本もゆっくり読んでいきたい。 「海外文学を読むという行為そのものがおそらく、悲観とは反対の方向を向いている」 - 2026年8月23日
- 2026年8月18日
- 2026年8月18日
- 2026年8月18日
波〔新訳版〕ヴァージニア・ウルフ読みたい - 2026年8月18日
- 2026年8月16日
君が戦争を欲しないならば高畑勲気になる - 2026年8月16日
- 2026年8月16日
やさしいがつづかない稲垣諭読み終わった「人権というのは、やさしさが続かない人間のために発明され、練り上げられた人間の知恵の結晶」 人権はやさしさとか思いやりの問題ではないはずなんだけど、最近は権力を持つ側の匙加減になってる気がして嫌だな〜 そういう政治の結果、やさしさがつづかないのは当たり前だと思う。(成熟した人間の条件としてやさしさとか、アンガーマネジメント的な「自己管理」を求めてくる社会には抵抗したい) そしてやさしさが自分のコントロール権を手放し、さらに手放した結果の責任まで引き受けることなのだと思うと…… 誰もが生きづらさを抱える今の社会、世界情勢において、このとてつもなく困難な、やさしいという行為… だからこそやさしくされたときもっともっと感謝の気持ちを伝えないとな〜〜やさしさの筋肉を育てたいと思ってたけど、やさしくされたときの反応も良くしたい - 2026年8月15日
緑茶耽美 日・中・韓 茶文化の美ソ・ウンミ(徐銀美),ソ・ウンミ(徐銀美),瀧澤織衣ちょっと開いたそういえば보성차は聞いたことがあった…韓国でもチャノキって生えるんだな〜もっと朝鮮・韓国のお茶に焦点を絞った本を探して読んでみたい(中国茶の流入で韓国の緑茶文化は割とすぐ限界を迎えたという結論だったけど…確かに韓国といえば韓方茶だと思ってたし)
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