勝村巌 "この地獄を生きるのだ" 2026年5月8日

勝村巌
勝村巌
@katsumura
2026年5月8日
この地獄を生きるのだ
この2026年のゴールデンウィークの5月4日に私は東京ビッグサイトにいた。文学フリマ42で知人の主催する1人出版社であるところのことさら出版のブースで売り子をしていたのである。 ことさら主催とは20年来の付き合いであって、彼は私が大変に信頼を置いているビジネス上の協働者である。その彼がここ数年、1人出版社に取り組んでいることが判明し、素晴らしいので色々絡みたいと思っていたところ、文フリに出店するというので、ブースでの販売を手伝わさせていただくことにしたのであった。 ことさら出版の出版物のブース。いくつかの興味深い冊子がある中、小林エリコ著『怒りに火をつけろ』という本があった。家族からの性被害に遭った著者がカウンセリングによって「正しい怒り」を取り戻して回復していく内容なのだという。 命令形のタイトルに私は弱い。曰く、本谷有希子の『腑抜けども、哀しみの愛を見せろ』、スーパーバタードッグ『犬に咥えさせろ』、INU『メシ喰うな』、レイモンド・チャンドラー『三つ数えろ』(注:三つ数えろは映画のタイトル、監督はハワードホークス、チャンドラーの『大いなる眠り』が原作となっている)、京極夏彦『死ねばいいのに』、藤子不F二雄『気楽に殺ろうよ』、ディック『流れよ我が涙、と警官は言った』、入江亜紀『北北西に雲と往け』などなど枚挙にいとまもない。 ジャケも怒りに燃えたマリーローランサンみたいで良い。早速これを読もうと思ったが、ことさら主催がまずはちくまの『この地獄を生きるのだ』を、読むべし、その次にこちらを読むとよい、というので、まずは密林でこれを注文。すぐに届いたので読んでみたところ、大変に感銘を受ける内容であった。引き込まれて一昼夜で読んでしまった。 短大卒業後に入った編集社でのブラックな労働から貧困に陥り、心を病んで自殺未遂。その後、デイケアから生活保護を受給することになり、やがてそこから編集の仕事を見つけ社会に復帰していくまでを描くノンフィクションという内容。 ブラックな業態の編集業というのは僕のキャリア初期には重なりますので親近感強し。 デイケアや生活保護の内情が小林さんの見たままに描かれており、非情なリアリズムを感じた。人を助けるようなフリをしつつ、詰まるところ根本的には利他的になりきれない人たちがいた。 僕の母も70代で肺炎にかかった折に病院をたらい回しにされた結果、パニック障害となり、睡眠障害と鬱を抱えて生きている。また、そんな母親は一昨年に転倒の上、脊椎損傷で首の手術を受け、外を出歩く時には補助が必要な要介護生活を送っている。 この本では三障害について触れられていて、それは身体障害、知的障害、精神障害で母のそれは身体障害で、小林さんのは精神障害である。三障害の中では精神障害が最も就労へのハードルは高いとされているらしい。私の母は80も過ぎているので就労ということはないが、年金と家族からの多少の仕送りのみで生活をしている。 なので、母と小林さんの状況を一緒にすることはできないが、それでも私もデイケアの人たちとの複数の面談や役所でのたらい回しなどを経験したことがあり、その際に感じた暖簾に腕押し感や制度というものが、それぞれの状況に個別対応して寄り添うことができないがために生み出す、硬直したカフカ的状況の空気感には既視感を覚えた。ケースワーカーの人の醸し出す何らかの空気感。 私は町田康が好きなんですが、町田康がNHKの文化講演会で2019年に太宰治について語っている回がある。太宰治の自己破壊として4回の自殺未遂のサイクルを述べているというものだ。 町田康によると太宰は自己破壊→道化→キリストとの同化→逆ギレ→自己破壊というサイクルを繰り返し、4度目に自己破壊が成就した、とのこと。それぞれの逆ギレには妻の不貞だの井伏鱒二だの芥川龍之介だの左翼思想だのへのこだわりなどがあるのですが、最終的には太宰は自己破壊を完遂。帰らぬ人と成り果てた。 小林さんは幸なことに死なずにいるので、こうやって続きなどを書けるので、私らはそれを読むことができる。 『この地獄を生きるのだ』では、筆者が自己破壊に手を染めずにおられない、辛い局面が数度描かれているが、それを生き抜き、やがて日常に立ち返り、新たな就職先で編集長が『忍風カムイ外伝』のオープニングを一緒に見てくれたり、最初の就職のお祝いに母がポケモンのピカチュウのハンカチをもらったエピソードを思い出したり、古い友達からの手紙に『キッズリターン』の「バカヤロー、まだはじまっちゃいねえよ」のセリフが書いてあったりだとか、日常の中でフィクションやエンタメの一部分が福音として立ち上がる瞬間を奇跡的に刻み込んでいる。涙が出る美しさだ。 文フリの打ち上げではことさら主催のとり計らいもあり、小林さんと直接話す機会を得た。僕もキャリアの初期にコンビニ売りの水着グラビア誌に携わっていた経験があり、ブラウン管に映ったエロビデオのシーンを撮影したよね、なんていうことでもり上がった後にヒップホップの話となった。 僕はジャパニーズヒップホップではブッダブランドの『人間発電所』のサビの部分を暗唱できる程度の知識しかないが、自宅の近所にMC漢akaGAMIの運営する9sari cafeがあることは、ジャパニーズヒップホップ界隈の方向けのすべらない話として確保している。高田馬場と新宿の間、新大久保の少し北のあたりの街道沿いにそのカフェはある。近くにうまいパン屋もある。 MCバトルなどはあまり知らないが、息子と一緒にそこに行ってD.O.考案の練マッドカクテルを飲んだりしたこともある、という話をすると、そこはなんといってもMC漢の根城ということであるし、ゲトーで危険なのでは、とおっしゃっていたが、普通に通えるよいお店ですよ、と伝えると興味を持っているようでした。 いつかアテンドして差し上げたい。MC漢はいる時といない時があります。早い時間に行くとほぼおらないです。
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