
こたつ
@pgrpgar
2026年5月10日

本をすすめる
近藤康太郎
読み終わった
最近Readsで読書記録をつけるようになり、書評と読書感想文の違いとはなんだろうと考えた。
本書ではこう説明している。
「書物が光源だとします。感想文の書き手が鏡。光が鏡面に当たって反射するだけ、ということ。」
「批評とは何なのかというと、(中略)プリズムなんです。光源からの強い光が書評の書き手というプリズムに入る。すると、単に反射するんではなく、屈折する。七色になったりとかしてね。」
(p29)
そのプリズムをつくる練習について、筆者と書評を書けるようになりたい「ペギー」とのセッション形式で解説している。
古典を読む、聴く、観る。そして書き抜きして貯めていく。ひとつひとつの練習は簡単なようだが、本気で文筆業を志す人でもないと、なかなか続けるのは難しそうだ。
筆者はどうしてそこまでしたのだろう。ライターとして食っていくためにはそうしなければならなかったからだろうか。
「「死んだやつがうらやましい」朝を、そうして乗り越えてきた、(中略)「こういう人間になってこういうことがしたい」ってこと、そのための練習をやった。」
「その、習慣というか、惰性で、どうやらこうやら今日まで生きてこられたんです。」
(p98)
生きていくこと自体が苦しい世の中だからこそ、筆者はこういう人間になりたいという夢を見続けるために続けてきたことではないだろうか。「死んだ奴がうらやましい」朝も、夢を見ているうちはやって来ないはずだ。
もし私がペギーで、筆者にこんな生意気な感想を言ったら、きっと怒られることだろう。
「寝言は、寝て言え。」
