沙南 "風の歌を聴け" 2026年5月10日

沙南
沙南
@tera_37
2026年5月10日
風の歌を聴け
風の歌を聴け
村上春樹
「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」  タイトルを目にした瞬間、風が通りすぎた気がした。ちょうど読まなきゃ、と思っていたところだったし。はじめての村上春樹。  遠回りするような文章だった。気づけば知らない道に入り込んでいて、慌てて引き返したり、立ち止まってもう一度読み返したり。一文ごとに、読む、というより歩かされている不思議な感覚がある。たとえば、他人の家で目覚めると「別の体に別の魂を詰め込まれた感じ」がするってそれ、もはや別人やん。あ、自分じゃなくなったみたいってことか。ちょっとわかる。  そんなふうに、読んでいるあいだ小さな脳内会議が開かれっぱなしだった。てか裸で寝てる間に指で身長測られるの、すごく嫌だなあ。うまく説明できないけれど、なんか嫌。顔を観察されるくらいなら、まだ許せるかも。そういうちょっとした違和感が、「僕」が女の子に「嫌な奴」って書かれる理由じゃないかな。  登場人物全員が、他者にも世界にも必要以上に干渉しないのがいいと思った。だから会話も、「なぜ?」「さあね。忘れた」「そう」で終わる。知りたいから尋ねる。けれどその人が忘れた、と言ったならそこで追わない。絶対忘れてなんかないのにね。追及したところで、他者の内面は見えないままだし、世界は結局、そこに見えているままだし。この諦念にも似た静けさが、物語全体に独特の凪いだ空気をつくっている。さみしさと、微かなあたたかさが同時に漂う、そんな空気。私にとって会話は、交わる部分を共に探し、くっついたり離れたりするものだと思っていたけれど、村上春樹の世界では、会話は並走するものだった。その距離を心地よいと感じられるかどうかで、彼の作品を好きになれるかが決まる気がした。  鼠はどことなく、大学時代の友人を思い出す。干渉してこないくせに、人がいないと寂しがる。自論を長々と語り出す。面倒くさいけれど、酔うと特に面倒くさい、面白い奴だったなあ。今年も夏に会うのがたのしみ。私が夏をわりと好きなのは、奴に少し起因している感じがしていつも悔しい。  そういえば、この小説はなんとなく公園で読んでみた。外が合うと思った。そうしていると、左の手の甲と右の頬を蚊に刺された。いっちょ前に夏。東京の自然はぜんぶ嘘っぱちだなあと思っていたけれど、思いのほか悪くなかった。ビル風とはまだ仲良くできそうにないけどね〜。
沙南
沙南
@tera_37
ちょっと追加で思ったことメモ📝  思っていたより果てしなく広い村上春樹の世界。私の読みは小さい!!  一読目は登場人物たちがすこし冷たく、クールに見えたけれど、そうじゃなくって多分、めっちゃリアルなんだわ。リアルすぎる。  現実世界の人間関係でも起こることが、小説で体験できてすごく面白い。雲の速さなんか観察してたら、人生の伏線を見逃してしまう。現実でも「あの二人付き合ってんの?!」とか、「あなたそんなこと考えてたの!」とか、私はあとから気づくことばかり。(そんな自分のままでいいやとも思っているけど。)  ヒントはいっぱい転がってて、砂粒ほどの違和感まで拾い集められる人が、いつも羨ましい。羨ましい〜。  いろんな読み方ができる作品ってすきだなあ。正解は決まりきっていない方が豊か!
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