
Sanae
@sanaemizushima
2026年5月13日
学ぶとは 数学と歴史学の対話
伊原康隆,
藤原辰史
読み終わった
物書きさんからわたしのような一般読者まで、大きな支持を得ている歴史学者の藤原さんと世界的数学者の伊原さんの書簡、テーマは「学ぶとは」。
研究に人生をかけてこられたお二人は一貫して学ぶことに謙虚。わたしにとって、読書で学ぶことは時々辛いものでもあるけれど、励まされるようだった。
伊原さんは多趣味でさまざまなことに造詣も深く、それに対する藤原さんの発想のセンスも素敵で本当に面白い往復書簡。
「悲観はまだ非観ではない。観たくない現実を観る力がまだ私たちに残っている以上、せめて学ぶを共有することはやめないでいたいと思います。」(p93)
ロシアのウクライナ侵攻後に書かれた藤原さんの書簡。当時よりもっと自分の身にも及ぶようなことが押し寄せる中、近所の本屋でもテーマを持った学びを提供する企画をされていて、同じ思いでやっている人がいるのだなと最近しみじみ実感する。
「地球規模の現象の因果関係の把握は、原因発生と結果甘受の地域が離れている場合、各地域での日常感覚からは決して得られず、理性の力を借りてこそできるのではないか。日常感覚よりも理性が重要なこともある。」(p212)
また違うトピックでの伊原さんの言葉理性という言葉ひとつでも伊原さんと藤原さんで少し捉え方が異なっていて、改めて“理性“という言葉について思い巡らせることができた。
AIについてのことも最後に出てくる。
数学者である伊原さんは
・「知」は物事を「つながりをこめて」理解する捉え方だ。
・つながりの理解は、自分で何度でも書いてみて納得し脳内に軸をつくるようなものでありスマホ依存では得られないだろう。
・AIは融通が利かない代物だから、できることは限られている
・人間にしかできないことは、消費より高度なものが豊富にある
発想豊かで刺激溢れる書簡だった。励まされる!読書頑張ろう。







