
猿馬大咳
@sarubaaaaa
2026年5月13日
読み終わった
読了しました。
著者先生がこの投稿を見ていることは期待していないけれど、感謝を伝えたくなるほどの作品。
本当にありがとう……。
とんでもない衝撃を受けた。これがメフィスト賞かと、これが文学かと、これがエンターテイメントかと! 深夜三時、やっとの思いで読み終わって叫びたくなった。流石に近所迷惑になるのでやめた。
メフィスト賞は編集者に偏愛されるような『偏』の作品が多いけれど、これは偏の塊だ。いくつも重なった作中作、螺旋階段を降りつつ登るを繰り返す──他の作品には全く出来ない所業を為している。
構想としては、『ドグラ・マグラ』に若干近いけれど(何なら作中作という発想はそこから来ているらしいし)、それとはまた違う魅せ方をしている。
要は、前代未聞の作品構成であるということだ。
似る二つは、こんな構成に少し違いがある。
ドグラ・マグラ──記憶を無くした主人公が、精神科の『正木先生』の残した文書を畳み掛けるように見る構成。
女王陛下(略──記憶を無くした主人公が、恋人から渡された『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』という小説を読み、その中には作中作が多く差し込まれている構成。
『ドグラ』は一→二→三→四……のように、順々に別の物語が続いていくようだが、『女王陛下』は更に歪で、一→二→三→四←三←二←一……と具体的な作中作の数は考慮していないが、まさにマトリョーシカ(入れ子構造)のようになっている。更にこの中心に入ると、二から三に、三から二、二から四みたいなのが当たり前に出てくる。
物語が次々に入れ変わっていく、堂々巡りの大異例なのに、ページを捲る手が止まらない。物語の緩急がついているからだ。
例えば、物語四の佳境に入る前に、物語二が茶々や感想を入れるなどして、読む前のちょっとした休憩が挟まる。目まぐるしいので、集中力などの関係はほとんど無くなっていて、むしろそんな登場人物こそが、下の作品と一緒に読んでいる伴走者の役割を果たしてくれているから、むしろ勇気をくれると言っても過言ではない。
この通り、奇書的にも似て非なる作品でありながら、飽きさせない、読ませるための工夫を挟んでいる。
読むことが苦痛にならない。
少なくとも僕は、退屈したシーンを一つも感じなかった。
宗教の対立の描き方も秀逸で、主に反対者の側面に立って見ているが、完全なる否定までとはいかない。常に人物の思想は変化していき、諦観や理性とはまた違った姿になるのも見どころの一つだ。
後半に関しては、清涼院流水ほどでは無いけれど、賛否は分かれそうだなあという印象。
それを怒涛の展開と取るか、浮き足立っていると取るか……ちなみに僕は前者です。
今までにない小説、最近のメフィストは面白いのが続き過ぎている。
次に出る『大江戸フューチャーズ』にも期待が募るばかりだ。