
猿馬大咳
@sarubaaaaa
猿馬大咳。読書マニアから書く側へ。
現在はメフィスト賞に向けて執筆中(全く進んでない。怠惰極まれりである)。
中学を卒業して、暇。なので、書けない日は本を読んだりゲームしたり。
月読書量は一五冊くらい。最近は減った。
何卒。
- 2026年4月4日
人間に向いてない (講談社文庫)黒澤いづみ読んでる図書館で発見したので、ゆっくり通って読む。 100ページくらいまで読んで、うんうん、と頷くことばかりだ……。 すでにここまで読んでいる方がいれば意外かもしれないけれど、父親に共感した。 確かに、順風満帆に行くはずだった人生が、息子の不出来によって人目を気にするようになってしまう。 家族の体裁も、自身のものだとばかりに背負ってしまうのは抗えない負の感情だし、仕方のないと言うにはあまりに彼は酷い男なのだが、僕は彼に共感した。というか、登場人物全員の肩を持ってしまいたくなる。 僕にも「ユウくん」のような時期があった。 だからこそ、だろうか。 彼と敵対する者の気持ちも分かってしまうのだ。 まあ、全部読んでからじゃないと、断定は出来ないかな。 - 2026年4月2日
ダリの繭有栖川有栖読み終わったこの作品は、「火村英生シリーズ」の二作目らしい。しかし僕は、有栖川有栖先生のネームバリューや、名だたる功績からこの本に辿り着いたのではなく、アイコンを見ていただければもう分かること──何を隠そう、僕もまたサルバドール・ダリの崇拝者なのだ。 大学生になったらダリ髭をつけたいし、幻想を愛したいし、年老いたら自叙伝書きたい。書きたいなあ。 脱線したが、「じゃあダリ信者さん、お前はこの本についてどう思ったんだい?」と問われれば、苦い顔をせざるを得ない。 ミステリとしてはよく出来た構成であるが、そこにダリを絡ませる意義を感じなかった……堂条秀一のために用意されただけ、とも言い換えられる。 接点があまりない……いや、全体を俯瞰すれば、ダリとガラの関係性、髭の謎なんかは非常に緻密に作り込まれているのだが、ダリという人物そのものに入れ込んでいる気がしてならない。 「ダリは画家である」──その事実をいまいち感じ取れなかったのもちょっとずつ惜しい。 多分、「わが秘められた生涯」を挫折した僕が言えることではない……しかし、人ばかりが目立って、彼らしい芸術的でありながら、欲求めいた話と言えば、そうとも言えない。 僕が偏屈なのだ、分かっている。理不尽という言葉があるが、それは大抵の場合、そう感じる自分が理を知らないだけなのかもしれない。 それに、一方的に思い込んで読んでいたのは僕の方だ。この本に文句をつけるのはもうこれきりだ。 最後の文句は、犯人が自らの罪を親しい人物に告白しながら、火村の推理と交代に場面が映し出されるところ。話し方が、なんというか、落ち着きすぎというか……とても精神的に追い詰められていたとは思えないくらいスラスラ話し始めるから、笑いそうになった。喋ってる状況もあいまって、尚更……。 人間ドラマが一気に無くなってしまうなあ、勿体無い、とも思った。 もう一度言うが、一読する価値はある。けれど、純粋に楽しめない僕のようなクソガキ読者のみんなは、ぜひシリーズの最初から読んでくれ。 こうなるぞ。 以上。 - 2026年3月29日
少女不十分西尾維新読み終わった曰く「僕はこれを書くのに十年かかった」。 強烈なキャッチコピーに惹かれて思わず購入──戯言シリーズを読み終わって、「西尾維新はこりごりだ!」と笑顔のまま書店に向かったらこの様だった。 気になる──そう思えたのは、間違いなく戯言シリーズや物語シリーズを読んでいたからだと思う。 というのも、西尾維新作品には、印象に残る少女がふんだんに出てくる。それらは正しく「不十分」と銘打たれても良いほどの、少女の登場ぶりだ。 そんな作品の著者が、少女という言葉をタイトルに入れている時点で、尋常ではないはずだ。 さて感想なのだが、やっぱり尋常じゃなかった。「この本に粗筋なんてない」やら「これは小説じゃない」やらと書いておいて、すっきりとして、またアクセルをギュンギュンと踏み続けるかのような爽快感で終われた。 Uという少女の奇妙な行動原理や、それに翻弄されながら適応していってしまう主人公。 「クビシメロマンチスト」のような、主人公のイメージが気味悪く崩壊していくのとはまた違う、ズレた人間を親身に描いているから、すんなりと受け入れられたし(まあ、西尾の話だし──というニュアンスで)、その目線に立っても異常だと言われるUの更なる異質さが、物語を構成している。 急激なアクセルという言葉は、良い意味でも悪い意味でも通るけれど、これはとても良いアクセルだな、と思った。 他の作品でも、素晴らしいドライブテクで、読者を振り回し続けてほしいと思える一作でした。 - 2026年3月25日
密室殺人ゲーム2.0歌野晶午個人的には、「王手飛車取り」よりも好き。 いやむしろ、「王手飛車取り」ありきの内容であったから面白いのか……。 この本は、「密室殺人ゲーム王手飛車取り」の続編であり、主人公五人が再び集い、密室殺人ゲームを繰り広げる内容になっている。 終わり方もさることながら、とにかく、前作の要素を取り込みながら、無理のある犯罪でも律儀に取り組んでいる。 物語を描くうえで必要なのは「客観」と「主張」だと思っているから、こういった厳密な議論を書ける人はすごいなあと思う。 「図書館の魔女」とか、「虚無への供物」とかもそれっぽいんだけど、これは全員が殺人鬼であるから、人殺しの観点から取り組んで、反論して、ゲームを盛り上げているのを見ると、作者が人を殺してきた帰り道に思いついたのではないか……と勘繰ってしまうほど練られている。 若造の感想なので、許して──僕はミステリをあまり読んでいないのだ。深く読み込めるほど、僕は読書家ではない。 これぞミステリー……しかし、長編のような要素を中編に収めて、それを一冊にまとめる。とても人の所業とは思えない。 「王手飛車取り」のラストに苦言を呈す声もあったけれど、この本のためにあのラストが用意されていたんではないか、と思えるほど、描き方が鮮やかで、潔い。 もし前作のみ読んだ方がいるのならば、ぜひ購読してほしい。ついでに言うと、前述の方ならば、この感想に「あれ?」と思ったのではなかろうか。 深夜の感想です。お手柔らかに。 - 2026年3月25日
世界99 上村田沙耶香かつて読んだ村田沙耶香の小説の主人公は斜に構えてる……というよりも、普通の人間とは別ベクトルで話が進むから、他の純文学とは一線を画す気がする。主人公が異常であることは、他の小説にも全然あり得ることなのだけれど、自身の特異性を認知しても訂正する気がさらさら無い、むしろ、現状にあまりにポジティブな印象がある。 ドス黒い闇の中でも、謎に自身の生き方に執着があるから恐ろしい。 けれど、この本はまた違う気がする──最近、冷笑という言葉をよく訊くけれど、村田沙耶香の小説は頻繁に、他人に対しての冷笑めいた描写がある。 でもこの小説は、本当に無関心、冷笑も起きなければ、自身を顧みて冷笑することも無い。ただ、思ったことを淡々と、感情を介せず、客観的に見ている。 感情の無い主人公……ベターだけれど、意外にも物語と噛み合っている。 如月さんの見ている世界と、SNSのアカウントの掛け持ち……物語の中で言えば、世界一、世界二、世界三みたいなのを誰でも持っていて、如月空子のような側面を誰でも持ってしまっているような節がある。 だから、この本は読者──社会に馴染んだ人物の暗示のように思えてならない。 主人公の何事にも無関心なのも、社会への適応や諦めみたいで、なるほど妙にリアリティがあるのはそういうことか! と思ったりする。 ピョコルンという生き物の役割も明快でわかりやすい。特に、上の後半で明かされる正体は「まあ、そんな気はしていたさ」という感じではあったけれど、それでも覆えない恐怖があって、下に手を出すまでかなり時間がかかった。 あくまで僕の想像でしかないのだけれど、それに深夜だから、よくわからない文章を書いているかもしれない。 でもこれは、コンビニ人間を超える、小説の新領域だと思う。 バチクソ高くてお財布がひいひいだったけれど、文庫化してから買うのがいいかもしれない。正直もう一万は払ってもいいなあ、と思う……そんな小説でした。 中学生活を彩った、思い出の一冊です。 - 2026年3月25日
文庫版 姑獲鳥の夏京極夏彦かつて読んだ僕が読書をするきっかけになった、原初体験。 「かがみの孤城」を読了し、呆然としていた中学一年生の夏、父に何か面白い本は無いかと問う。そうすれば、「京極夏彦がある。奥の本棚(父が学生の頃に読んだ漫画や小説が眠っている)から、勝手に取って読むがいいよ」と言われて、僕は小説という世界に狂った(父の言に、若干の着色はありけり)。 無意識と意識──事実を事実として描かれるミステリにとって、ほぼ禁断の題材(主観)──そのハードルを易々と越えた! アンチミステリ的とも言える。 僕はこの作品で下手なことは言えない。あけすけと言えるほど、僕には度胸が無い。 だからメチャクチャに言葉を濁してしまえば、この本は生きた死体のようなもので、自分の隣にスッと佇んでいるような……そんな本なのだ。 もうまともに読んだのも随分前だから、記憶が曖昧だ。 しかし、推理にとって知覚というものは、命綱でありながらあまりに脆い……そんなことの再確認をしているかのようだった。 ピタリピタリと収まるパズルではなく、どこにも無い、最後の数ピースがどこからともなく現れるような、そんな感覚に陥る。 人によってはこれこそ、読みにくい小説筆頭であるかもしれない。しかし、その盤石な理論と世界観に、為すすべなく惑わされてしまう懸命な読者になることは、至上の幸福だと思う。 そして、更にこの本を読む意義がある。それは、この「姑獲鳥の夏」から始まるシリーズ──「魍魎の匣」や「絡新婦の理」をふんだんに楽しめるようになるのだ(まあ、シリーズものですし、当然と言えば当然ですが)! どちらも、日本の小説の歴史に名を残す偉大な書だと僕は確信している。 ↑結局書評もどきになったじゃないか! - 2026年3月25日
コズミック 世紀末探偵神話 新装版清涼院流水かつて読んだメフィスト賞という文学賞は、「究極のエンターティメント」を目指しているらしい。エンタメ……故に、面白さが求められるのだが、これは間違いなく面白さに全振りした問題作。 ある意味、最高のエンターティメントと言える。このアカウントを作って、真っ先に感想を言ってやろうと考えるくらいには、この作品は「面白い」。 この本は圧倒的に長い。それに尻込みして、敬遠される方も多かろう。が、しかし読んだ人間を魅了する魔力が至るところに詰められている。 一年で、一二〇〇の密室で一二〇〇人が死ぬ──こんなの、面白くないわけがないだろう。 探偵一人一人のディテールも巧みだ。いわゆるキャラ小説の類なのだけれど、どれも魅力的であり、梗概にも名が載っている「九十九十九」の名は、嫌でも覚えてしまう。 僕は、トリックそのものには納得しかねるけれど、それでも、読み返す価値を与えて、退屈させないような小説という点だけで見ても、あまりにこの本は超越している。 思わず僕も、俳句を詠んでしまいたくなるほどでした(笑) ↑まるで書評みたいだな、と思いながら見直している。偉そうに!
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