
猿馬大咳
@sarubaaaaa
猿馬大咳。読書マニアから書く側へ。
現在はメフィスト賞に向けて執筆中(全く進んでない。怠惰極まれりである)。
中学を卒業して、暇。なので、書けない日は本を読んだりゲームしたり。
月読書量は一五冊くらい。最近は減った。
何卒。
- 2026年6月23日
ディスコ探偵水曜日 下舞城王太郎読み終わった『ディスコ探偵水曜日(下)』読了 とあるDiscordサーバーから転用。 毎回言っているので友人から信用が無くなっていくけれど、本当に面白かった。 最近多くないですか? 面白い本……。 まあ面白い本に巡り会えているのは素晴らしいことなので、良しとします。 結論から言うと、従来の三冊に『匣』と『ディスコ探偵』含めて五大奇書というのも間違いではないのかもしれない、と思った。『ドグラ』のような精神や意識、脳に対する向き合い方だったり、『黒死館』(未読だけれど見聞で)のような衒学的な推理だったり、『虚無』のような推理合戦も、見応えがあって尚且つダレない。三作に漂う硬派な印象を、いわゆる舞城節で緩和していたり、ラノベ的な語り口調でポンポン話が進む。 荒唐無稽さに呆然としながら、ミステリ→SFの移行を済ませて、その癖に最後は愛が勝つみたいな構成にしているのが最高に憎い。好きになっちゃう。舞城さんの構成力が無ければ駄作扱いされていたし、こんなに話題にもならないと思う。 風呂敷を広げるだけなら、最悪、誰にでも出来る。例えば、未だに一作たりともまともに完結させられない物書きの僕が、『一年で一二〇〇個の密室で、一二〇〇人』を殺すという風呂敷を広げても、まともに回収できるとは思えない(この元ネタの『コズミック』も、素晴らしいトリックで解決していたが、完璧とは言えないですし)。並の作家には出来ない。 だが舞城は一味違った。風呂敷を広げるだけ広げて、このあとどうなってしまうのか──という疑念を抱いた瞬間に、持参してきたどデカい風呂敷で、広げた風呂敷を包み込んでしまった。まさにパックマンのように。 『余計な文脈』は存在せず、『全てに意味がある』。 「本当かぁ?」と思いつつ、ページを捲ってみると、全てが都合が良すぎるほどに当てはまって、それも気持ちの良いものだから余計に腹立たしい。中途半端ではダメな話だった。けれど、怯えずに最後まで書き切られた。 そこからまごうことなき最高のあの終わりに向かっていく流れも、感動的。決して全ての要素が足蹴にならないで、ディスコの背中をぐっと押しているように感じた。 論理をしつこいほどにほざきながら、その後ろにはいつだって愛や信頼、友情や悪みたいな心が隠されていて、時を超越してもそれは変わらない──。 間違いなく、四〇〇〇円払う価値はあったし、他の舞城作品に触れようと思う良い機会だった。 ただ、一点だけ注意してもらいたいのは、あまりに怒涛の展開が続いていくので、若干置いてけぼりにされてしまうこと。 中巻でかなり見られる図なんかで、割と理解しやすくなっているけど、ゆっくり時間が取れないと気になって夜も眠れぬ思いをする。一気読みがおすすめ、それか他の本と合わせて読むと、案外気が落ち着くかも。 そういえば、これは自語りになってしまうのですが、僕が読書を始めたきっかけは三年前、中学一年生の夏に読んだ『姑獲鳥の夏』で、本格的にどっぷりハマるようになったのは『カゲロウデイズ』だった。その後も『世界99』に脳を焼かれるなどして、濃密な日々を今まで過ごしているわけだけれど、そもそもの素養は、舞城作品にあったのかもしれない。 それは、小学校時代まで遡って、『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフ作品・舞城王太郎『JORGE JOESTAR』だった。 清涼院流水に手を出したときに、九十九十九とかいう名前に見覚えがあったのも、今この作品を好きだと言えるのも、かつて僕に道を示してくれた舞城王太郎の小説にあったのかもしれない……。色々再読してみようかな、見えるものも違うかも。 てなわけで史上最強の小説との出会いと終わりでした。悲恋ですよ、私たちは。 - 2026年6月10日
ディスコ探偵水曜日 中舞城王太郎読み終わったとあるDiscordサーバーより転用 初めて感想を書きます。なのに何故中巻から書き始めるのか?──と申しますと、先ほど読み終わったばかりだからです。 この衝撃を吐き出したいがために、衝動的にこのサーバーに入ったくらいの、学生風情にはとんでもない感覚でした。とはいえ、まだ下巻を読んでいないので、読破されている方は暖かく見守っていただけるとありがたいです。 所感としては、「これはミステリではない!」です。もちろん褒め言葉の意味です。貶すためにサーバーに入ったわけではないのですから。 あらすじはちょっと面倒になってしまうので書けません。あまり夜更かしも出来ませんし、僕が書くとネタバレになりかねない。けれど、感想は少しずつ配慮できるように書きます。 ミステリの領域を超えて既知のミステリを圧倒的に置いて行ってしまっている。あまりにも解決がぶっ飛んでいる。上巻はいわゆる世界観説明も兼ねた伏線やら色々。それが、中巻のメチャクチャな展開にある程度の説得性を持たせているのが巧妙だと思った。 名探偵たちの多重解決も見事で、どれも「あれ、これが正解なんじゃないか?」というものばかりで、『パインハウス』の要素を隅から隅までしゃぶり尽くした約五〇〇ページ。これもまた上巻までで止めているが、『虚無への供物』の探偵役たちの推理合戦を彷彿とさせた。五冊目の三大奇書を呼ばれるのも、納得の面白さと難解さ。何度読み進める手を止めたのか数えきれない。 実際は世界観バトルそのものだったけれど、どれもが同じだけの強さを持つ推理で、どれもこれも不正解にするにはあまりに惜しい内容だったけど、最後の推理が一番ぶっ飛んでいて、あまりの強烈な『舞城ワールド』に溺れつつ、拍手を送りたくなるほどのメチャクチャ!──ここで言う「説得性」というのは、梢を取り巻く一連の騒動だったり、『パンダラヴァー』、『パインハウス』の事件と照らし合わせて、その程度に足る「過剰でなく、薄っぺらくもない」解決に送られる。 誤解を恐れずに言うなら、問題の出題者も回答者も全員イカれているので、全く問題が無い! むしろ、エンジェルバニーズと同じような反応をしてしまうこともしばしば。 下巻も噂通りのヤバさなら、今まで読んだ小説の中で一番好きまであるかもしれない。というか僕はメタミステリが結構好きで、今まで好きになっている小説は『姑獲鳥の夏』だったり『コズミック』だったりするので、その傾向はあると思う。 口がデカく、まだまだ作文能力も低いですが、とにかく面白い。 ここまでで四〇〇〇円の価値があると思いました。夜も遅いのでこれで終わりにします。おやすみなさい😪 - 2026年5月13日
読み終わった読了しました。 著者先生がこの投稿を見ていることは期待していないけれど、感謝を伝えたくなるほどの作品。 本当にありがとう……。 とんでもない衝撃を受けた。これがメフィスト賞かと、これが文学かと、これがエンターテイメントかと! 深夜三時、やっとの思いで読み終わって叫びたくなった。流石に近所迷惑になるのでやめた。 メフィスト賞は編集者に偏愛されるような『偏』の作品が多いけれど、これは偏の塊だ。いくつも重なった作中作、螺旋階段を降りつつ登るを繰り返す──他の作品には全く出来ない所業を為している。 構想としては、『ドグラ・マグラ』に若干近いけれど(何なら作中作という発想はそこから来ているらしいし)、それとはまた違う魅せ方をしている。 要は、前代未聞の作品構成であるということだ。 似る二つは、こんな構成に少し違いがある。 ドグラ・マグラ──記憶を無くした主人公が、精神科の『正木先生』の残した文書を畳み掛けるように見る構成。 女王陛下(略──記憶を無くした主人公が、恋人から渡された『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』という小説を読み、その中には作中作が多く差し込まれている構成。 『ドグラ』は一→二→三→四……のように、順々に別の物語が続いていくようだが、『女王陛下』は更に歪で、一→二→三→四←三←二←一……と具体的な作中作の数は考慮していないが、まさにマトリョーシカ(入れ子構造)のようになっている。更にこの中心に入ると、二から三に、三から二、二から四みたいなのが当たり前に出てくる。 物語が次々に入れ変わっていく、堂々巡りの大異例なのに、ページを捲る手が止まらない。物語の緩急がついているからだ。 例えば、物語四の佳境に入る前に、物語二が茶々や感想を入れるなどして、読む前のちょっとした休憩が挟まる。目まぐるしいので、集中力などの関係はほとんど無くなっていて、むしろそんな登場人物こそが、下の作品と一緒に読んでいる伴走者の役割を果たしてくれているから、むしろ勇気をくれると言っても過言ではない。 この通り、奇書的にも似て非なる作品でありながら、飽きさせない、読ませるための工夫を挟んでいる。 読むことが苦痛にならない。 少なくとも僕は、退屈したシーンを一つも感じなかった。 宗教の対立の描き方も秀逸で、主に反対者の側面に立って見ているが、完全なる否定までとはいかない。常に人物の思想は変化していき、諦観や理性とはまた違った姿になるのも見どころの一つだ。 後半に関しては、清涼院流水ほどでは無いけれど、賛否は分かれそうだなあという印象。 それを怒涛の展開と取るか、浮き足立っていると取るか……ちなみに僕は前者です。 今までにない小説、最近のメフィストは面白いのが続き過ぎている。 次に出る『大江戸フューチャーズ』にも期待が募るばかりだ。 - 2026年5月10日
- 2026年4月4日
人間に向いてない (講談社文庫)黒澤いづみ読んでる図書館で発見したので、ゆっくり通って読む。 100ページくらいまで読んで、うんうん、と頷くことばかりだ……。 すでにここまで読んでいる方がいれば意外かもしれないけれど、父親に共感した。 確かに、順風満帆に行くはずだった人生が、息子の不出来によって人目を気にするようになってしまう。 家族の体裁も、自身のものだとばかりに背負ってしまうのは抗えない負の感情だし、仕方のないと言うにはあまりに彼は酷い男なのだが、僕は彼に共感した。というか、登場人物全員の肩を持ってしまいたくなる。 僕にも「ユウくん」のような時期があった。 だからこそ、だろうか。 彼と敵対する者の気持ちも分かってしまうのだ。 まあ、全部読んでからじゃないと、断定は出来ないかな。 - 2026年4月2日
ダリの繭有栖川有栖読み終わったこの作品は、「火村英生シリーズ」の二作目らしい。しかし僕は、有栖川有栖先生のネームバリューや、名だたる功績からこの本に辿り着いたのではなく、アイコンを見ていただければもう分かること──何を隠そう、僕もまたサルバドール・ダリの崇拝者なのだ。 大学生になったらダリ髭をつけたいし、幻想を愛したいし、年老いたら自叙伝書きたい。書きたいなあ。 脱線したが、「じゃあダリ信者さん、お前はこの本についてどう思ったんだい?」と問われれば、苦い顔をせざるを得ない。 ミステリとしてはよく出来た構成であるが、そこにダリを絡ませる意義を感じなかった……堂条秀一のために用意されただけ、とも言い換えられる。 接点があまりない……いや、全体を俯瞰すれば、ダリとガラの関係性、髭の謎なんかは非常に緻密に作り込まれているのだが、ダリという人物そのものに入れ込んでいない気がしてならない。 「ダリは画家である」──その事実をいまいち感じ取れなかったのもちょっとずつ惜しい。 多分、「わが秘められた生涯」を挫折した僕が言えることではない……しかし、人ばかりが目立って、彼らしい芸術的でありながら、欲求めいた話と言えば、そうとも言えない。 僕が偏屈なのだ、分かっている。理不尽という言葉があるが、それは大抵の場合、そう感じる自分が理を知らないだけなのかもしれない。 それに、一方的に思い込んで読んでいたのは僕の方だ。この本に文句をつけるのはもうこれきりだ。 最後の文句は、犯人が自らの罪を親しい人物に告白しながら、火村の推理と交代に場面が映し出されるところ。話し方が、なんというか、落ち着きすぎというか……とても精神的に追い詰められていたとは思えないくらいスラスラ話し始めるから、笑いそうになった。喋ってる状況もあいまって、尚更……。 人間ドラマが一気に無くなってしまうなあ、勿体無い、とも思った。 もう一度言うが、一読する価値はある。けれど、純粋に楽しめない僕のようなクソガキ読者のみんなは、ぜひシリーズの最初から読んでくれ。 こうなるぞ。 以上。 - 2026年3月29日
少女不十分西尾維新読み終わった曰く「僕はこれを書くのに十年かかった」。 強烈なキャッチコピーに惹かれて思わず購入──戯言シリーズを読み終わって、「西尾維新はこりごりだ!」と笑顔のまま書店に向かったらこの様だった。 気になる──そう思えたのは、間違いなく戯言シリーズや物語シリーズを読んでいたからだと思う。 というのも、西尾維新作品には、印象に残る少女がふんだんに出てくる。それらは正しく「不十分」と銘打たれても良いほどの、少女の登場ぶりだ。 そんな作品の著者が、少女という言葉をタイトルに入れている時点で、尋常ではないはずだ。 さて感想なのだが、やっぱり尋常じゃなかった。「この本に粗筋なんてない」やら「これは小説じゃない」やらと書いておいて、すっきりとして、またアクセルをギュンギュンと踏み続けるかのような爽快感で終われた。 Uという少女の奇妙な行動原理や、それに翻弄されながら適応していってしまう主人公。 「クビシメロマンチスト」のような、主人公のイメージが気味悪く崩壊していくのとはまた違う、ズレた人間を親身に描いているから、すんなりと受け入れられたし(まあ、西尾の話だし──というニュアンスで)、その目線に立っても異常だと言われるUの更なる異質さが、物語を構成している。 急激なアクセルという言葉は、良い意味でも悪い意味でも通るけれど、これはとても良いアクセルだな、と思った。 他の作品でも、素晴らしいドライブテクで、読者を振り回し続けてほしいと思える一作でした。 - 2026年3月25日
密室殺人ゲーム2.0歌野晶午個人的には、「王手飛車取り」よりも好き。 いやむしろ、「王手飛車取り」ありきの内容であったから面白いのか……。 この本は、「密室殺人ゲーム王手飛車取り」の続編であり、主人公五人が再び集い、密室殺人ゲームを繰り広げる内容になっている。 終わり方もさることながら、とにかく、前作の要素を取り込みながら、無理のある犯罪でも律儀に取り組んでいる。 物語を描くうえで必要なのは「客観」と「主張」だと思っているから、こういった厳密な議論を書ける人はすごいなあと思う。 「図書館の魔女」とか、「虚無への供物」とかもそれっぽいんだけど、これは全員が殺人鬼であるから、人殺しの観点から取り組んで、反論して、ゲームを盛り上げているのを見ると、作者が人を殺してきた帰り道に思いついたのではないか……と勘繰ってしまうほど練られている。 若造の感想なので、許して──僕はミステリをあまり読んでいないのだ。深く読み込めるほど、僕は読書家ではない。 これぞミステリー……しかし、長編のような要素を中編に収めて、それを一冊にまとめる。とても人の所業とは思えない。 「王手飛車取り」のラストに苦言を呈す声もあったけれど、この本のためにあのラストが用意されていたんではないか、と思えるほど、描き方が鮮やかで、潔い。 もし前作のみ読んだ方がいるのならば、ぜひ購読してほしい。ついでに言うと、前述の方ならば、この感想に「あれ?」と思ったのではなかろうか。 深夜の感想です。お手柔らかに。 - 2026年3月25日
世界99 上村田沙耶香かつて読んだ村田沙耶香の小説の主人公は斜に構えてる……というよりも、普通の人間とは別ベクトルで話が進むから、他の純文学とは一線を画す気がする。主人公が異常であることは、他の小説にも全然あり得ることなのだけれど、自身の特異性を認知しても訂正する気がさらさら無い、むしろ、現状にあまりにポジティブな印象がある。 ドス黒い闇の中でも、謎に自身の生き方に執着があるから恐ろしい。 けれど、この本はまた違う気がする──最近、冷笑という言葉をよく訊くけれど、村田沙耶香の小説は頻繁に、他人に対しての冷笑めいた描写がある。 でもこの小説は、本当に無関心、冷笑も起きなければ、自身を顧みて冷笑することも無い。ただ、思ったことを淡々と、感情を介せず、客観的に見ている。 感情の無い主人公……ベターだけれど、意外にも物語と噛み合っている。 如月さんの見ている世界と、SNSのアカウントの掛け持ち……物語の中で言えば、世界一、世界二、世界三みたいなのを誰でも持っていて、如月空子のような側面を誰でも持ってしまっているような節がある。 だから、この本は読者──社会に馴染んだ人物の暗示のように思えてならない。 主人公の何事にも無関心なのも、社会への適応や諦めみたいで、なるほど妙にリアリティがあるのはそういうことか! と思ったりする。 ピョコルンという生き物の役割も明快でわかりやすい。特に、上の後半で明かされる正体は「まあ、そんな気はしていたさ」という感じではあったけれど、それでも覆えない恐怖があって、下に手を出すまでかなり時間がかかった。 あくまで僕の想像でしかないのだけれど、それに深夜だから、よくわからない文章を書いているかもしれない。 でもこれは、コンビニ人間を超える、小説の新領域だと思う。 バチクソ高くてお財布がひいひいだったけれど、文庫化してから買うのがいいかもしれない。正直もう一万は払ってもいいなあ、と思う……そんな小説でした。 中学生活を彩った、思い出の一冊です。 - 2026年3月25日
文庫版 姑獲鳥の夏京極夏彦かつて読んだ僕が読書をするきっかけになった、原初体験。 「かがみの孤城」を読了し、呆然としていた中学一年生の夏、父に何か面白い本は無いかと問う。そうすれば、「京極夏彦がある。奥の本棚(父が学生の頃に読んだ漫画や小説が眠っている)から、勝手に取って読むがいいよ」と言われて、僕は小説という世界に狂った(父の言に、若干の着色はありけり)。 無意識と意識──事実を事実として描かれるミステリにとって、ほぼ禁断の題材(主観)──そのハードルを易々と越えた! アンチミステリ的とも言える。 僕はこの作品で下手なことは言えない。あけすけと言えるほど、僕には度胸が無い。 だからメチャクチャに言葉を濁してしまえば、この本は生きた死体のようなもので、自分の隣にスッと佇んでいるような……そんな本なのだ。 もうまともに読んだのも随分前だから、記憶が曖昧だ。 しかし、推理にとって知覚というものは、命綱でありながらあまりに脆い……そんなことの再確認をしているかのようだった。 ピタリピタリと収まるパズルではなく、どこにも無い、最後の数ピースがどこからともなく現れるような、そんな感覚に陥る。 人によってはこれこそ、読みにくい小説筆頭であるかもしれない。しかし、その盤石な理論と世界観に、為すすべなく惑わされてしまう懸命な読者になることは、至上の幸福だと思う。 そして、更にこの本を読む意義がある。それは、この「姑獲鳥の夏」から始まるシリーズ──「魍魎の匣」や「絡新婦の理」をふんだんに楽しめるようになるのだ(まあ、シリーズものですし、当然と言えば当然ですが)! どちらも、日本の小説の歴史に名を残す偉大な書だと僕は確信している。 ↑結局書評もどきになったじゃないか! - 2026年3月25日
コズミック 世紀末探偵神話 新装版清涼院流水かつて読んだメフィスト賞という文学賞は、「究極のエンターティメント」を目指しているらしい。エンタメ……故に、面白さが求められるのだが、これは間違いなく面白さに全振りした問題作。 ある意味、最高のエンターティメントと言える。このアカウントを作って、真っ先に感想を言ってやろうと考えるくらいには、この作品は「面白い」。 この本は圧倒的に長い。それに尻込みして、敬遠される方も多かろう。が、しかし読んだ人間を魅了する魔力が至るところに詰められている。 一年で、一二〇〇の密室で一二〇〇人が死ぬ──こんなの、面白くないわけがないだろう。 探偵一人一人のディテールも巧みだ。いわゆるキャラ小説の類なのだけれど、どれも魅力的であり、梗概にも名が載っている「九十九十九」の名は、嫌でも覚えてしまう。 僕は、トリックそのものには納得しかねるけれど、それでも、読み返す価値を与えて、退屈させないような小説という点だけで見ても、あまりにこの本は超越している。 思わず僕も、俳句を詠んでしまいたくなるほどでした(笑) ↑まるで書評みたいだな、と思いながら見直している。偉そうに!
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