
ジクロロ
@jirowcrew
2026年5月13日

最初の哲学、最後の哲学: 形而上学と科学のあいだの西洋の知 (991) (平凡社ライブラリー 991)
ジョルジョ・アガンベン,
岡田温司
読んでる
「もの」は存在者とは異なる。なぜなら、「もの」においては二つの意味が両義的に共存しているからである。すなわち、思考されるかぎりでのものと、実在するかぎりでのものとである。「〈何性(quidditas)〉は、霊魂の外にある個物のなかにもあれば、知性によって理解されるかぎりで霊魂のなかにもありうる。この点において〈もの(res)〉という語は、reor[わたしは思う]と reris [君は思う]から由来する意味で霊魂のうちにあるものと、自然のなかに認められ確かめられる何かが〈もの〉と呼ばれるという意味で、霊魂の外にあるものとのどちらともさし示しているのである」。
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難しすぎて頭が痛い。
「もの(res)」に対する理解の補助線として(合っているかどうかはわからないが)、『古代から来た未来人 折口信夫』(中沢新一)の説明の枠組みをあてがうと、「もの」の意味として
可能性の内に変容しつづける「タマ」(霊力)と、
ひとつのまとまったかたち(力、権力)をまとう「神」、というような二つの共存があるということか。
「reor[わたしは思う]と reris [君は思う]から由来する意味で霊魂のうちにあるもの」
この表現がどこか神秘的で心惹かれる。
今まで出会ったことのない叙事と叙情を混ぜ合わせたような、どうにも捉えがたくも生命力に満ちた表現。