蛸足配線
@nekoai30
2026年5月8日
砂の女
安部公房
読み終わった
再読
縄梯子があったとて、集落の外まで無事に逃げ出せる保証はない。しくじったら今度こそ外部への道は永久に絶たれるだろう。ならば敢えて縄梯子を放置し、いつでも逃げられるが自分の意思でその選択を保留したと思える方がましかもしれない。もとの生活に戻っても、穴の中の暮らしと同様に虚しい労働を僅かな楽しみに紛らわしてやり過ごすことに変わりない。生きた体があり他者との関係を維持して暮らす以上どこに居ても何かに閉じ込められてしまう。苦痛自体は避けられないにせよ、どの苦しみに甘んじるかは自ら選んだと錯覚できるならばそれは幸福だろう。
この小説の題名にどうして「女」が据えられているのか、ぼんやり考え続けている。主人公を砂の底に引き入れたものは確かに女なのだが、それ以上に組織ぐるみで押し込められている訳だし、何よりも砂という自然の力を前に為す術もなく屈服したのだ。砂に抗うことなく淡々と生きる女は砂の下僕であり砂の一部だと考えるならば、この題は人間を従える砂そのものだと言えそうだ。少し調べてみたら仮題は『通りかかった男』だったらしい。男が主人公なので妥当な感じはする。翻って、『砂の女』という題にはシンプルかつエキゾチックな味わいがある。呑み込まれる男の側から見た呑み込む砂、それに同化する女の存在感をたった三文字で喚起する優れたタイトルだと思う。
若すぎた初読時は抽象的で観念的な小説だと思っていたが、結構な年数を経て読み返すと紛れもない現実が描かれていることに驚嘆する。幼い想像力や肉体には感じ取れなかったことどもが一気に畳みかけてくる。




