ロトひろろ "私とは何かーー「個人」から「..." 2026年5月16日

私とは何かーー「個人」から「分人」へ
読んでいる感覚としては、良質な高校入試の現代文に近い。平易で、わかりやすく、それでいて言っていることはかなり根本的というかなんというか。 この本で一番しっくりきたのは、「本当の自分」とかいうやつを自分の中心を置かないところである。 人は一つの本体があって、場面ごとにキャラを演じたり、仮面をかぶったりしているのではない。相手や環境ごとに生じる複数の「分人」のネットワークとして存在している。これが平野の主張だ。 面白かったのは、分人という枠組みが、いろいろな人間関係を一段立体的に見せるところだ。たとえば平野が行った講演会の話では、相手に合わせて基礎的な話をした平野が、文脈を知らない読者から「誰でも知っていることしか言っていない」と批判される。けれど、コミュニケーションは相手との共同作業である。その場で成立した話し方や内容もまた、その場の分人なのだ。だから、一場面だけを切り取って「これがその人の本質だ」と決めつけるのは乱暴だし、人がそこに抵抗を覚えるのも当然だ。 自傷行為についての考察も印象に残った。平野はそれを、単純な死にたい願望ではなく、耐えがたい自己像を否定し、別の自己像で生きようとする生きたい願望として捉える。慎重に扱うべき話ではあるが、消したいのは自分そのものではなく、あるセルフイメージなのだという見方は鋭い。 子育てや恋愛の話もよかった。子どもの環境を考えるとは、どんな分人の構成を持てるようにするかを考えることだという話は、結論だけ見ればありきたりかもしれない。でも分人という言葉を通すと、急に納得感が増す気がした。恋愛についても同じで、「愛とは、その人といる時の自分の分人が好きという状態である」という考え方は、人間関係全般に当てはまる。
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