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@blue_27
2026年5月17日
明治維新10講
三谷博
読み終わった
読書メモ
正直に言うと、著者の文章の作り方や単語の使い方があまり好きではないかも…
なぜここにこの文章を入れ込む…?みたいなのが多くて、所々内容が頭に入ってこなかった。
・同時代のヨーロッパでは、未来の理想像をもとに抜本的改革が進められたが、幕末の日本は「進歩」ではなく「復古」を改革の基礎とした。
・廃藩が行われる直前、日本は274の藩があった。
他の連邦国家では、アメリカが37のステイト、ブリテンが4つのカントリー、ドイツは24のシュタートと三つの自由都市、一つの直轄領。これらと比べても、日本の政治単位は並外れて多い。
それが、廃藩置県によりたった1つの国となり、移動や居住は国境内ならどこでも可能となった。
・明治2年、政府は大学校を設ける。
欧米から教師を雇い、授業は欧米語で行う。優秀な学生は、卒業後に欧米へ留学させた。
帰国後は母校の教員となり、授業の日本語化を進める。
西洋の学術用語を漢字熟語に置き換える作業も行われ、西洋最先端の学問が大学をはじめ、中等学校以下まで浸透していった。
これが、日本の識字率、知的水準を持続的に向上させた。
・明治維新は、広く見れば1853年ペリー来航から1890年の国会開設まで約37年間に起きた革命であった。
著者はこの37年を長い間としていたが、髷を結って刀を差して過ごしてきた日本人が、たった37年で国会を開設するまでに成長したのだから、私は非常に短い急進的な改革だったと考えている。
黒船に慄き大混乱を起こしていた日本が、数年後には欧米使節団として世界一周をし、国内の政治に活かす。
この時期の日本人の活力や国のために動こうとする想いは、本当に並大抵のものではないなと思う。
また、いまの県とはちがう「藩」の存在はどれだけ色んな本を読んでも興味深い。
同じ日本だけど「お国」がちがう。廃藩置県が実行されたあとでも、同藩意識が政治にも色濃く反映される。
この同藩意識が薄まったのっていつからなのだろう…
この辺りももっと知りたいなと感じた。