明治維新10講
14件の記録
せのび@Syunmin_akatsuki06552026年5月23日まだ読んでる学び!紹介鎖国=パンデミック 私たちはタイムスリップをしなくても、江戸時代の鎖国を体験していた!それも世界中で! 人は国から動かない、モノだけが動く。 パンデミックで新しい趣味を見つける人も多い中、せまい箱のなかとそのなかでぐるぐる回り続ける限られた情報を信じて人を過剰に傷つける人もいた。 きっと、鎖国中の江戸もそんないいところと悪いところが露骨に出ていたんだろうな。けれど、鎖国中はパンデミックが終わるまでそのことに気づかなかった私たちのように、それが当たり前だったんだろうな。 そんな、心に留めておくべき発見をできた一冊。
n@blue_272026年5月17日読み終わった読書メモ正直に言うと、著者の文章の作り方や単語の使い方があまり好きではないかも… なぜここにこの文章を入れ込む…?みたいなのが多くて、所々内容が頭に入ってこなかった。 ・同時代のヨーロッパでは、未来の理想像をもとに抜本的改革が進められたが、幕末の日本は「進歩」ではなく「復古」を改革の基礎とした。 ・廃藩が行われる直前、日本は274の藩があった。 他の連邦国家では、アメリカが37のステイト、ブリテンが4つのカントリー、ドイツは24のシュタートと三つの自由都市、一つの直轄領。これらと比べても、日本の政治単位は並外れて多い。 それが、廃藩置県によりたった1つの国となり、移動や居住は国境内ならどこでも可能となった。 ・明治2年、政府は大学校を設ける。 欧米から教師を雇い、授業は欧米語で行う。優秀な学生は、卒業後に欧米へ留学させた。 帰国後は母校の教員となり、授業の日本語化を進める。 西洋の学術用語を漢字熟語に置き換える作業も行われ、西洋最先端の学問が大学をはじめ、中等学校以下まで浸透していった。 これが、日本の識字率、知的水準を持続的に向上させた。 ・明治維新は、広く見れば1853年ペリー来航から1890年の国会開設まで約37年間に起きた革命であった。 著者はこの37年を長い間としていたが、髷を結って刀を差して過ごしてきた日本人が、たった37年で国会を開設するまでに成長したのだから、私は非常に短い急進的な改革だったと考えている。 黒船に慄き大混乱を起こしていた日本が、数年後には欧米使節団として世界一周をし、国内の政治に活かす。 この時期の日本人の活力や国のために動こうとする想いは、本当に並大抵のものではないなと思う。 また、いまの県とはちがう「藩」の存在はどれだけ色んな本を読んでも興味深い。 同じ日本だけど「お国」がちがう。廃藩置県が実行されたあとでも、同藩意識が政治にも色濃く反映される。 この同藩意識が薄まったのっていつからなのだろう… この辺りももっと知りたいなと感じた。





