
ジクロロ
@jirowcrew
2026年5月18日
批判的日常美学について
難波優輝
読んでる
私たちは、道徳的な価値の観点からみれば、「生まれてこないでもよかった」。だが美的な価値の観点からみれば、「生まれてこないより、生まれてきたほうが明らかにおもしろい」。それゆえ、私たちは、美的価値の観点からいって生まれてきてよかったのである。
(p.232)
道徳は外側から内側へのまなざし、袋小路。
美は内側から外側へのまなざし、ひろがり。
前者が否定的に走り、後者が肯定に赴くのは感覚的にわかる。
でも、それらが「生まれてこないでもよかった」「生まれてきたほうがよかった」の切実な二極に短絡に結びつけてられしまうところは疑問に感じる。
袋小路の先にも光はある。
ひろがりの過剰にも不安はある。
同じ夕日を何気なく見つめていても、
感動する日もあれば泣きたくなる日もある。
1ミリの感動は、すべてのマイナスが相対的に働くからこそ。
その1ミリの側に目をやれ、ということ?
「美的」は、ときどきにより、文字通りの意味にも滑稽にもなりうる(外側からの醒めたまなざしによる)もの、ということはわかる。
