だむ "近代とは何か: その隠された..." 2026年5月18日

だむ
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@p0se1-d0n
2026年5月18日
近代とは何か: その隠されたアジェンダ (叢書・ウニベルシタス 731)
今思えば信じられないような事態だが その昔「ニューアカ(デミズム)」 ブームというのがあって日本人では浅田 彰、中沢新一といった人が、またフラン スの哲学書が学生を中心によく読まれた。 そのとき吹き荒れた(消費された)のが 「ポストモダン」という言葉である。 難解なそれらの書物のページをめくりな がら「近代?」とひとりごちていた。 あー、そんな自分に読ませてあげたかっ た、と今回古本市で奇跡的に出会った この本を前にしばし感慨に耽った。 「近代」とはいつから始まりそれは何で あったのか。 著者はヨーロッパの歴史を紐解きながら その出自を明らかにしようとする。 通常いわば哲学界隈で「近代」といえば よく知られているようにデカルト、ニュ ートンに代表される「合理主義」の発露 としての時代区分を指すだろう。 これに対し著者が強調するのがそれに 先立つルネサンス・人文主義の時代で ある。モンテーニュやアンリ4世を取り 上げることにより明らかにされるその 時代思潮を簡単にまとめると 時間的、空間的に限られた範囲内での 適応的な実践を追求しようとする思考 態度である。そしてその背景にあるのが 一般的な真理(が成立すること)及び 宗教的教条主義への「懐疑」であり、 それらと表裏の関係にある人間本性に 対する「寛容さ」である。 これだけだと何のこっちゃ、という 感じだけれどその反対側に、 限られた範囲ではなく超時間的・空間的 に成立するもの、ひとことでいえば 普遍的なものであって精密な原理・原則 に基づくもの、すなわちデカルト、ニュ ートンが定立しようとした「科学」を 置いてみればひとつの見取り図が得られ るだろう。 歴史の流れを追いながらこの前者から後 者への連続性と断続性を踏まえて「近代」 を定立しようとする著者トゥールミンの 手さばきは鮮やかでまず味わって損は ない。 と、ここまでが本書の紹介。(つづく)
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