しゅう "一九八四年(新訳版)" 2026年5月19日

しゅう
しゅう
@shuu62
2026年5月19日
一九八四年(新訳版)
一九八四年(新訳版)
ジョージ・オーウェル,
高橋和久
(ネタバレ有) SF小説の名作をなぞっていく過程で手に取ったオーウェルの「一九八四年」だったが、こんな鮮烈な体験がまだ現代で出来るとは、衝撃的だった。 ディストピアという言葉が、自分の中である意味で類型化され、その意味性が軽くなっていた事を恥じたい。 こんな社会は本当に唾棄すべきだ。 テレスクリーンやニュースピーク、二重思考などといった党の支配を強める為の装置が、思想統制や監視社会などといった現代の感覚で捉えられる強権的な装置という意味だけでなく、徹底して人間性を奪う装置として機能している事が恐ろしい。 人間性は1つのキーワードだ。 ウィンストンは党への反抗をジュリアへの愛という形で表したが、党はそれを承知で、最終的に101号室でジュリアを裏切らせ、彼の人間性にとどめを刺した。 党は人間性を否定するが、同時に人間性を強く信じている、まさに二重思考だ。 人間性を奪い、ニュースピークによって思考もコントロールされる。 単なる独裁政治なら内面は反抗してても表向き従うフリをすれば良いが、党はそれすら許さず、反抗という思想さえ失わせる。 そしてビッグ・ブラザーを心から愛してしまう。 恐ろしいから愛する訳では無い。愛する以外の選択肢を無くしてしまうのだ。 本当に辛い読書体験だったが、鮮烈な体験でもあった。 もしこの物語が名作というカテゴリから外れる場合、ディストピアの到来が近くなっているのかもしれない。
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