
柿内正午
@kakisiesta
2026年5月18日
トピーカ・スクール
ベン・ラーナー,
川野太郎
とてもいい散文だったな、と感じ入ってしばらくぼんやりする。電車で、ベッドで、飛行機で、ソファで。あらゆる場所で読み継いでいけてよかった。人生の可読性を巡る作品だった。単一の目的にだけ最適化された話法の強力さと、その強力さによって圧倒されやすい弱い話法——解釈の枠組みの多様さを受け容れゆっくり丁寧に話すこと——の困難。入れ替えられた時系列がズレつつ重なりあう構成からしてそうだけれど、語のレベルでも押韻、引用、繋ぎ間違えなど、あらゆるズレを伴う反復が執拗に繰り返されることで現れてくるのは緊密さではなくむしろ空疎にさえ感じる余白の膨大さだ。情報の洪水を、無力感の増大(スプレッド/電話の向こうの「男たち」に対する母の戦術)としてではなく、あらゆる時空に偏在する断片として読み替えること(規格品による同一化/父の映画)。この小説はそのような実践であるのだと思った。








