
阿久津隆
@akttkc
2026年5月9日

響きと怒り
ウィリアム・フォークナー
読んでる
つけたしの続きをしばらく読んで、「クェンティン三世」でやっと今作の登場人物たちになった。「彼は妹の肉体を愛したのではなくて、ちょうど広大な地球全体の小型の模型が訓練されたあざらしの鼻の上にのせられるように、コンプソン家の名誉が妹の処女性の微妙でこわれやすい薄膜によってあぶなっかしく、(彼もよく知っていたのだが)ほんの一時的にささえられているという考え方を愛したのだった」とあって、なんともまあという愛し方だった。
p.569,570
彼は自分が犯したいとは思わなかった近親相姦の考えを愛したのではなくて、その罪に課せられる永遠の罰という長老教会派の考えを愛したのだった。すなわち、神ではなくて、彼自身が、近親相姦という罪によって、自分自身と妹を地獄に投げ込み、そこで彼は永遠に燃える火にかこまれながら妹をいつまでも守り、いつまでもそのままの姿で保つことができるという考えを愛したのだった。しかし彼は、なににも増して死を愛したのであり、ただ死だけを愛し、恋する男が愛する相手の待ちわび、望んでいる、好意的で、やさしく、信じられないような肉体を愛しながらも、故意にそれをさけようとするように、死を慎重にほとんど倒錯的に予想しながら、愛し生活したのであり、ついにそれをさけることではなくて自分を抑えることに耐えきれなくなり、自分の身を投げ出して、自らを棄て、溺れさせた。