
Ryu
@dododokado
2026年5月20日
読んでる
「ソリティアおじさんがいた頃」を読んだ。
地の文がおもしろくて、「意識の流れ」というより実況動画みたいなテンション。
「次の日、黒野田さんが味噌チョコを試作して持ってきた。
パフが入ったやつと、入っていないやつ。それが「意外といいね、これ」というか「案外ええな」という各方面の評価を得て、少量生産して試しに売ってみることになった。以来、ちょっとした変更を経て、今日に至る。変わったのは、パフの代わりにおかきを砕いて少量混ぜるようになったことと、バリエーションが白味噌を練り込んだホワイトチョコレートと赤味噌のダークチョコレートの二種に固定されたことだった。ともかく、ソリティアおじさんのおかげで商品化されたし、それ以上に、ちょっとした立場を確保できた感じがした。一目置かれるじゃないけど、やるやん、というわけでもないけど、いていいと思われたような感じ。え、何? めちゃくちゃお世話になったやん、なんで忘れとったん、なんで思い出すことを忘れていられたん?呆れて涙が出そうになる。
わかった行く
またすぐに返信が来る。
ありがとう助かる
おめえを助けるためじゃねえよ、と思う。」19
「社長のとなりの喪主の女性が立つ。シンプルなひとつ結びの黒髪で、就活みたいで、とても若く見える。会釈しながら一歩二歩進み出て焼香をする。それで焼香があることに気づく。お作法が気になって、課長にばれないよう微妙に肩を動かして観察する。社長と部長で抹香をつまむ回数が異なる。社長は頭を垂れたまま、香を眉間に塗り込むほど近づけて念入りにおしいただく。部長はちょいちょいつまんで、代わりにお祈りをしっかりする。知らない大人たちにも、ほっこう個性的なひとがいる。お経を唱和したり、聞こえない声でお棺に語りかけたり。どうしよ、と思うけど、菅野課長の所作を見て、おなじようにするのが正解だと悟る。で、まねようとするけど、歩き方からして何かが違う。抹香をつまむ回数やおしいただく高さ、時間、ひとつひとつ思い出しながら、なかなか似ないまねをする。合掌をして、間近にお棺があることに気づく。中に黒野田さん、ソリティアおじさんがいることを思い出す。ソリティアおじさん、もうソリティアできませんね。どうしてもしたかったわけやないですよね。本当にしたいことなんて、実際、そんなにないですもんね。どんな人生だったんだろうと思う。どんな気持ちで会社に勤めていたんだろう、ソリティアおじさん化する前、あと、それから、退職したあと。どんな人生だったんだろう。答えのない問いが頭で渋滞して、もとの席へ歩くあいだ、また少しめまいがする。」33
「食器棚を覗いて、なるべく大きなマグカップを探す。レモン色のやつがいい。ダークチョコ色の狭いテーブルに出して、ケトルのお湯を注ぐ。夢のように湯気が立つ。紅茶の個包装をやぶいて、ティーバッグをカップにひたす。世界が変わりそうな香りが立って、お湯が色づく。すぐに黒っぽくなる。我に返って、ひとりでちょっと恥ずかしくなる。なんなんだ、ソリティア。
テーブルの角を挟んでふたつ、背もたれがほっそりして背の高い、狭い部屋にちょうどいい小さなキャラメル色の椅子を置いている。なんだか久しぶりにこの椅子に座る。ひんやりしている。だれもいないおこたが見える。窓の外のとても遠くに色のない空が見える。まだ少し早いかもしれないけど紅茶をすすってみる。熱くて飲めない。ティーバッグの空の個包装袋を眺めて、テーブルに指でdarjeelingと書く。ソリティアは綴りが思い出せない。やってみてわかったこと。そんなずっとは続けられない。ある意味ソリティアおじさんはすごい。それ以外のことは、けっきょく何もわからない。どうしてそうなったのか、何を考えていたのか、なぜやめられなかったのか。ソリティアおじさんだけじゃない。海史のことも、おなじだ。わからない。海史だって、こっちが考えていることを、本当にはわかっていないだろう。なんや、通じ合っとらんやん。最初からそうだったのか、それもわからない。
マドレーヌの包装は固い。指でつまむ位置を変えるとあっさり破れる。バターの香りが一瞬気持ち悪いような、空腹を誘うような、蠱惑的な、なんて言葉はじめて使うけど、複雑な香りがする。
別れようか別れないでおこうかなんて、考えはじめた時点で負けが決まっていたような気がする。そんなの、となりの芝じゃないけど、違うルートに惹かれるに決まっている。たぶん。でも、ひとつ言えるのは、琴美さんの言う理由じゃない。あのひとの言うとおりなんかじゃない。といって、打算、お金、将来、それはたしかにあるけど全部でもない。マドレーヌがめちゃくちゃ美味しくて、ひとりで思わず目が丸くなる。飲み頃の紅茶を飲んで、おなかがあったかくて、おっさんくさい声が出る。じゃあなんだろうと考えていたけど、すごく簡単なことだった。だって、かっこようないもん、いまのあいつ。気づいてしまえば簡単なことだった。そういうことやってんな、って、胸がすっとする。調子に乗ってもう一個マドレーヌを食べてしまう。うめえ。台所で手を洗って、タオルでふきふき椅子に戻り、メッセージを送る。
海史くん、お別れしましょう
いままでほんとにありがとう
詳細は帰宅後
プリン買ってきて」46