ねむみん
@nemumin
2026年5月16日
聖なるズー
濱野ちひろ
読み終わった
きっかけはmisskeyで誰かがおすすめしていたから。動物性愛についてのノンフィクション、という特異なテーマに惹かれて読み始めた。
ノンフィクションというジャンルには馴染みがなかったが、良質なnoteを読んでいるかのようで、実は一番身近なジャンルなのかもと思い至る。
私は犬を飼っていたことがあるが、動物性愛の気はない。そんな私にはたして共感できるのか?なんて考えながら読み始めたが、一番心に残ったのは意外にも動物性愛そのものよりも「パートナーを尊重して愛すること」についてだった。
ズー(動物性愛者)の多くは、パートナーである動物の性欲の高まりをキャッチし、加害性を伴わない形でそれに応える。これはなかなかに難しいことだと思う。
自分の中の「性行為」の定義を言語化すると、「両者のタイミングが一致した時に、一定の暴力性を了承した上で、合意の上で性欲を発散する行為」だろうか? ここでいう暴力性とは勿論文字通りの暴力ではなく、征服やら優位やらといった一般的なプレイに含まれるであろう上下関係である。性の趣味は人それぞれだが、プレイの一環として上下関係を取り入れることは珍しくないはずだ。
一方で、この本に出てくる善良なズーの性行為は、あくまでパートナーが主体である。それは深い愛情を伴う観察が前提となっており、ズー側の性欲は前提の外にある。この、パートナーを愛しているからこそ深く観察し、相手の感情を読み取り、それに自然体で寄り添うこと。それは人間同士でもなかなかできることではない。
現に自分は、彼らのようにパートナーを愛せているだろうか?と考えてしまった。パートナーという立場に甘んじて、相手を支配しようとしたり、逆に相手に合わせすぎたりしていないだろうか、と。これがヒト同士の恋愛についてのノンフィクションなら、きっと「よそはよそ、うちはうち」と流し、共感も学びも得られなかっただろう。
言語を持たない動物をパートナーにしているからこそ、対人間以上に深い観察眼を持っているズー。動物性愛という尖ったテーマだからこそ、プリミティブな「パートナーへの愛情」という視点に目を向けさせてくれる。縁遠いズーの世界を覗き見すると同時に、自分の愛情表現を振り返ることができた良作だった。今後人生でパートナーとのことで悩む時には立ち返り読み返す本になると思う。



