
はな
@hana-hitsuji05
2026年5月23日
カフェーの帰り道
嶋津輝
読み終わった
図書館本
図書館で借りた
幾子のお土産
最終話でも嘘つき美登里が健在でニヤニヤしてしまった。
カフェー西行のオーナー、何気に敏腕なのでは。華やかでなくても、スタッフを雇って飲食店を続けられるの難易度高そう。
オーナーも向井も、時代を先取りしたかのような価値観に感心してしまう。なんて柔軟な。
ひとつ前のエピソードでタイ子の息子の生死が気になって仕方なかった。息子の戦死を悲しみ続ける幾子の母にタイ子を重ねてしまった。
悲しみは生きる気力を奪うから、歳をとる速度が早まる気がする。どんなに自身をネグレクトしても、まだ今日も生きていることがつらくなる。どんなきっかけでこの状態が変化するのか終わるのか、わからないこともまたつらい。死者と繋がりたい時期は、生きている者が自分に示してくれる思いやりを上手に受け取ることが出来ない。
そういうそれぞれの悲しみは比べようもないし、幾子が言いたかったのは、悲しみの量や長さのことでなくもっと別の気持ちだと感じるからこそ「お母さんと幾子ちゃん、どっちも間違ってないわ」という言葉でこちらまで泣きそうになる。苦労して犠牲を払ってきたこの人たちのどちらか片方を悪者出来ない。
タイ子の贈り物、全く予想出来なくて、幾子たちと一緒に驚いた。ターニングポイントに辿り着く直前まで、それが何なのかわからないこと多い。自分で用意したり設定することは出来ない。未来の誰かがどこかの地点でその道具を持って待っていて、それに出会うまであと1年、1ヶ月、1週間、1時間、1秒とカウントダウンしているみたいだ。
ちなみにこの作品の前に読んだ直木賞はめちゃめちゃ遡って143回目の「小さいおうち 中島京子」だった。
この本とほぼ同じ時代の本で、ほのかなデジャヴ感。そこから全く直木賞作品を読まずにこの本に辿り着いたのがなんだか繋がりを感じで不思議な気持ちになってる。




