綾鷹 "金閣寺" 2026年5月25日

綾鷹
綾鷹
@ayataka
2026年5月25日
金閣寺
金閣寺
三島由紀夫
重度の吃音(きつおん)と容姿へのコンプレックスを抱える青年僧・溝口が、絶対的な美の象徴である「金閣寺」に憑りつかれ、ついにはそれに放火するに至るまでの物語。 1950年に実際に起きた金閣寺放火事件を題材にしている。 溝口は金閣寺という絶対的な美に囚われ、現実を拒絶してしまう。 溝口は行為によって実在する世界を変えたい。柏木は認識によって自分の世界を変えることができると言う。 この小説では金閣寺が美の象徴であり絶対的なものとして描かれているが、それに限らず自分を縛るものへの破壊と解放の物語と理解した。 ・右のような記述から、私を詩人肌の少年だと速断する人もいるだろう。しかし今日まで、時はおろか、手記のようなものさえ書いたことがない。人に劣っている能力を、他の能力で補加して、それで以て人に抜きん出ようなどという衝動が、私には矢けていたのである。別の言い方をすれば、私は、芸術家たるには驚すぎた。暴君や大芸術家たらんとする夢は夢のままで、実際に着手して、何かをやり遂げようという気持がまるでなかった。 人に理解されないということが唯一の矜りになっていたから、ものごとを理解させようとする、表現の衝動に見舞われなかった。人の目に見えるようなものは、自分には宿命的に与えられないのだと思った。孤独はどんどん肥った、まるで豚のように。 ・屍はただ見られている。私はただ見ている。見るということ、ふだん何の意識もなしにしているとおり、見るということが、こんなに生ける者の権利の証明でもあり、残酷さの表示でもありうるとは、私にとって鮮やかな体験だった。大声で歌いもせず、叫びながら駈けまわりもしない少年は、こんな風にして、自分の生を確かめてみることを学んだ。 ・私は言い了った。言い了ると同時に怒りにかられた。鶴川ははじめて会ってから今まで一度も私の吃りをからかおうとしないのだ。 「なんで」 私はそう詰問した。同情よりも、侮蔑のほうがずっと私の気に入ることは、再々述べたとおりである。 鶴川はえもいわれぬやさしい微笑をうかべた。そしてこう言った。 「だって僕、そんなことはちっとも気にならない性質なんだよ」私は愕いた。田舎の荒っぽい環境で育った私は、この種のやさしさを知らなかった。私という存在から吃りを差引いて、なお私でありうるという発見を、鶴川のやさしさが私に教えた。私はすっぱりと裸かにされた快さを隈なく味わった。鶴川の長いにふちどられた目は、私から吃りだけを渡し取って、私を受け容れていた。それまでの私はといえば、吃りであることを無視されることは、それがそのまま、私という存在を堪麗されることだ、と奇妙に信じ込んでいたのだから。 ・そうだ。時には鶴川は、あの鍋から黄金を作り出す錬金術師のようにも思われた。私は写真の陰画、彼はその陽画であった。ひとたび彼の心に澈過されると、私の混濁した暗い感情が、ひとつのこらず、透明な、光りを放つ感情に変るのを、私は何度おどろいて眺めたことであろう! 私が吃りながら躊躇らっているうちに、鶴川の手が、私の感情を裏返して外側へ伝えてしまう。 これらの愕きから私の学んだことは、ただ感情にとどまる限りでは、この世の最悪の感情も最善の感情と巡庭のないこと、その効果は同じであること、殺意も慈悲心も見かけに変りはないこと、などであった。たとえ言葉を尽して説明しても、鶴川にはこんなことは肩じられもしなかったろうが、私にとっては一つの怖ろしい発見だった。鶴川によって私が橋善をれなくなったとしても、偽善が私には相対的な罪にすぎなくなっていたからである。 京都では空襲に見舞われなかったが、一度工場から出張を命ぜられ、飛行機部品の発注書類を持って、大阪の親工場へ行ったとき、たまたま空襲があって、腸の露出した工具が担架で運ばれてゆく様を見たことがある。 なぜ露出した腸が凄惨なのであろう。何故人間の内側を見て、悚然として、目を覆ったりしなければならないのであろう。何故血の流出が、人に衝撃を与えるのだろう。何故人間の内臓が醜いのだろう。・・・・・それはつやつやした若々しい皮膚の美しさと、全く同質のものではないか。 ・・・・・私が自分の醜さを無に化するようなこういう考え方を、鶴川から教わったと云ったら、彼はどんな顔をするだろうか?内側と外側、たとえば人間を薔薇の花のように内も外もないものとして眺めること、この考えがどうして非人間的に見えてくるのであろうか?もし人間がその精神の内側と肉体の内側を、薔識の花弁のように、しなやかに翻えし、捲き返して、日光や五月の微風にさらすことができたとしたら… ・少年時代から、人に理解されぬというととが唯一の形りになっており、ものどとを理解させよ 3とする表現の衝動に見舞われなかったのは、前にも述べたとおりだ。私は何ら製齢なく自分を明晰たらしめようとしていたが、それが自己を理解したいという衝動から来ていたかどうか疑わしい。そういう衝動は人間の本性に従って、おのずから他人との間にかける橋ともなるからだ。 金閣の美の与える融酢が私の一部分を不透明にしており、との間は他のあらゆる脳間を私から奪っていたので、それに対抗するためには、別に私の意志によって明晰な部分を確保せねばならなかった。かくて余人は知らず私にとっては、明晰さこそ私の自己なのであり、その逆、つまり私が明晰な自己の持主だというのではなかった。 ・柏木を深く知るにつれてわかったことだが、彼は永保ちする美がきらいなのであった。たちまち消える音楽とか、数日のうちに枯れる活け花とか、彼の好みはそういうものに限られ、建築や文学を憎んでいた。彼が金閣へやって来たのも、月の照る間の金閣だけを索めて来たのに相違なかった。それにしても音楽の美とは何とふしぎなものだ! 吹奏者が成説するその短かい美は、 一定の時間を純粋な持続に変え、確実に繰り返されず、野蜥のような短命の生物をさながら、生命そのものの完全な抽象であり、創造である。音楽ほど生命に似たものはなく、同じ美でありながら、金閣ほど生命から遠く、生を侮蔑して見える美もなかった。そして柏木が「御所車」を奏でおわった瞬間に、音楽、との架空の生命は死に、彼の醜い肉体と職鬱な認識とは、少しもっけられず変改されずに、又そこに残っていたのである。 柏木が美に素めているものは、確実に慰熟ではなかった! 言わず語らずのうちに、私にはそれがわかった。彼は自分の唇が尺八の歌口に吹きこむ息の、しばらくの間、中盤に成就する美のあとに、自分の内飜足と暗い認識が、前にもましてありありと新鮮に残ることのほうを愛していたのだ。美の無益さ、美がわが体内をとおりすぎて跡形もないこと、それが絶対に何ものをも変えぬこと、・・・・..柏木の愛したのはそれだったのだ。美が私にとってもそのようなものであったとしたら、私の人生はどんなに身軽になっていたことだろう。 ・ところでその猫は、突然、草のしげみの中から飛び出して、まるでわざとのように、やさしい接情な目を光らせて捕われた。それが両堂の争いのもとになった。何故って、美は誰にでも身を委せるが、誰のものでもないからだ。美というものは、そうだ、何と云ったらいいか、虫歯のようなものなんだ。それは舌にさわり、引っかかり、痛み、自分の存在を主張する。とうとう痛みにたえられなくなって、歯医者に抜いてもらう。 血まみれの小さな茶いろの汚れた歯を自分の掌にのせてみて、人はこう言わないだろうか。『これか?こんなものだったのか?俺に痛みを与え、俺にたえずその存在を思いわずらわせ、そうして俺の内部に硬固に根を張っていたものは、今では死んだ物質にすぎぬ。しかしあれとこれとは本当に同じものだろうか?もしこれがもともと俺の外部存在であったのなら、どうして、いかなる既縁によって、俺の内部に結びつき、俺の痛みの根源になりえたのか?といつの存在の根拠は何か?その根拠は俺の内部にあったのか?それともそれ自体にあったのか? それ にしても、俺から抜きとられて俺の掌の上にあるといつは、これは絶対に別物だ。断じてあれじゃあない』 いいかね。美というものはそういうものなのだ。だから猫を斬ったことは、あたかも痛む虫歯を抜き、美を馴挟したように見えるが、さてそれが最後の解決であったかどうかわからない。美の根は絶たれず、たとい猫は死んでも、猫の美しさは死んでいないかもしれないからだ。そこでこんな解決の安易さを識して、”態ばその頭に展をのせた。彼はいわば、虫歯の痛みを耐えるほかに、この解決がないことを知っていたんだ ・奇妙なことであるが、これは私の耳に入った世間の批評のはじめてのものであった。私たちは僧侶の世界に属しており、学校もまたその世界に在って、お互いの寺の批評をすることがなかった。しかし老いた役員たちのこんな会話は、少しも私をおどろかさなかった。それらはみんな自明の事柄だった!私たちは冷飯を曖べていた。和尚は祇園へ通っていた。・・・・・が、私には、老役員たちのこうした理解の仕方で、私が理解されることに対する、云わん方ない艶悪があった。 「かれらの言葉」で私が理解されるのは耐えがたい。「私の言葉」はそれとは別なのである。老師が祇園の芸妓と歩いているのを見ても、私が何ら道徳的な嫌悪にとらわれなかったことを思い出してもらいたい。 老役員たちの会話は、こうしたわけで、私の心に、凡庸さの移り香のようなもの、かすかな嫌悪だけを残して飛び去った。私は自分の思想に、社会の支援を仰ぐ気持はなかった。世間でわかりやすく理解されるための枠を、その思想に与える気持もなかった。何度も言うように、理解されないということが、私の存在理由だったのである。 ・それは正しく裏日本の海だった!私のあらゆる不幸と暗い思想の源泉、私のあらゆる醜さと力との源泉だった。海は荒れていた。波はつぎつぎとひまなく押し寄せ、今来る波と次の波との間に、なめらかな灰色の深淵をのぞかせた。暗い沖の空に累々と重なる雲は、重たさと繊細さを併せていた。というのは、境界のない重たい雲の累積が、この上もなく軽やかな冷たい羽毛のような笹縁につづき、その中央にあるかなきかの応青い空を囲んでいたりした。鍋いろの海は又、黒紫色の噂の山々を控えていた。すべてのものに動揺と不動と、たえず動いている暗い力と、鉱物のように凝結した感じとがあった。 ふと私は、柏木がはじめて会った日に、私に言った言葉を思い出した。われわれが突如として残唐になるのは、うららかな春の午後、よく刈り込まれた芝生の上に、木れ腸の働れているのをぼんやり眺めているような、そういう瞬間だと言ったあの言葉を。 今、私は波にむかい、荒い北風にむかっていた。うららかな春の午後も、よく刈り込まれた芝生もここにはなかった。しかしこの荒涼とした自然は、春の午さがりの芝生よりも、もっと私の心に媚び、私の存在に親密なものであった。ここで私は自足していた。私は何ものにも脅やかされていなかった。 ・小刻みにゆく塩垂れた帯の背を眺めながら、母を更醜くしているものは何だと私は考えた。母を醜くしているのは、・・・・・・それは希望だった。湿った淡紅色の、たえず痒みを与える、この世の何ものにも負けない、汚れた皮膚に巣喰っている頑固な皮癬のような希望、不治の希望であった。 ・「どうだ。君の中で何かが壊れたろう。俺は友だちが壊れやすいものを抱いて生きているのを見るに耐えない。俺の親切は、ひたすらそれを壊すことだ」「まだ壊れなかったらどうする」 「子供らしい負け惜しみはやめにするさ」と柏木は嘲笑した。「俺は君に知らせたかったんだ。 この世界を変貌させるものは認識だと。いいかね、他のものは何一つ世界を変えないのだ。認識だけが、世界を不変のまま、そのままの状態で、変貌させるんだ。認識の目から見れば、世界は永久に不変であり、そうして永久に変貌するんだ。それが何の役に立つかと君は言うだろう。だがこの生を耐えるために、人間は認識の武器を持ったのだと云おう。動物にはそんなものは要らない。動物には生を耐えるという意識なんかないからな。認識は生の耐えがたさがそのまま人間の武器になったものだが、それで以て耐えがたさは少しも軽減されない。それだけだ」 「生を耐えるのに別の方法があると思わないか」 「ないね。あとは狂気か死だよ」 ・「世界を変貌させるのは決して認識なんかじゃない」と思わず私は、告白とすれすれの危険を冒しながら言い返した。「世界を変貌させるのは行為なんだ。それだけしかない」果して柏木は、その冷たい貼りついたような微笑で私をうけとめた。 「そら来た。行為と来たぞ。しかし君の好きな美的なものは、認識に守られて眠りを負っているものだと思わないかね。いつか話した『南泉斬猫』のあの猫だよ。たとえようもない美しいあの猫だ。両堂の僧が争ったのは、おのおのの認識のうちに猫を護り、育くみ、ぬくぬくと眠らせようと思ったからだ。さて南泉和尚は行為者だったから、見事に猫を斬って捨てた。あとから来た “地ぱ、自分の感を頭に乗せた。州の言おうとしたことはこうだ。やはり彼は美が認識にられて眠るべきものだということを知っていた。しかし個かの認識、おのおのの認識というものはないのだ。認識とは人間の海でもあり、人間の野原でもあり、人間一般の存在の様態なのだ。 彼はそれを言おうとしたんだと俺は思う。君は今や南泉を気取るのかね。・・・・美的なもの、君の好きな美的なもの、それは人間精神の中で認識に委託された残りの部分、瓣線の部分の幻影なんだ。君の言う『生に耐えるための別の方法』の幻影なんだ。本来そんなものはないとも云えるだろう。云えるだろうが、との幻影を力強くし、能うかぎりの現実性を賦与するのはやはり認識だよ。認識にとって美は決して慰熟ではない。女であり、妻でもあるだろうが、慰藉ではない。しかしこの決して慰藉ではないところの美的なものと、認識との結婚からは何ものかが生れる。はかない、あぶくみたいな、どうしようもないものだが、何ものかが生れる。世間で芸術と呼んでいるのはそれさ」
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