
lenco
@lenco
2026年5月25日
菜食主義者
きむふな,
ハン・ガン
読了
壮絶だった。
途中途中で、ん?んんん?となりつつ、何度もぽかーんとしているあいだに読み終わってしまった。読み終わった直後は「なんだったんだ?」と思っていたのだけど、数日経ったいまあらためて振り返ると、なんか、わかるような気がしてきたぞ、と思う。
女が生きるって、常に自分から流れでるねばねばしたものに絡め取られることな気がする。血と体液。あと、女であること自体も、この社会ではなんとなくねばねばしたものがいつも纏わりついてくる感じがある。
月経が始まってからの数年間、生理がくると自分の肉体というか存在全体が、赤くてむちむちしてねちゃねちゃした肉の塊である!という衝撃がどおおっと襲ってきて、その生々しさによく気分が悪くなってた。その感覚は数年でなくなって、その後もあれってなんだったんだろうとか、なくなったのは生理に慣れたせいなのかなとか思っていたけど、あの不快感はその後もなかなか他で体験しないものだった(これは医学的に説明がつくものなのか?初潮を迎えた頃の女の子特有のなんかがあるのかな。しらんけど)。
赤くて、むちむちしてて、ねちゃねちゃしてて、なんならちょっと臭う?ような、そういう自分が纏っている肉肉しいものをなんとかして脱ぎ捨てて(分厚い肉の袋から出て、というか)、もっとさらさらとした、綺麗で色の薄ーいものになりたい、みたいな感覚。この本の手触りはなんかそういうことではなかったのか、と思う。
読んだあとにシャワーが浴びたくなる本だった。読んでるうちにまとわりつくねばねばしたものを洗い流したくなる。
あの姉妹は、初潮が来たばかりの頃の女の子の不快感みたいなものを人生にずっと纏っていて、そのことが当たり前すぎて気づかないくらいだったのだけど、でもその粘り気や臭いは知らないうちに彼女たちをねっちり侵していたのだろうなと。先に気づいた妹は気づいたが最後、肉の汚れを洗い流したい洗い流したいという欲求が止まるところを知らなかったのだろうなと。そのくらい、一度気づいたねばねばと臭いは壮絶だったんだろうかなと、鼻の奥にまぼろしの肉臭を感じながら想像した。
