
あこ
@jt-aw05246-888
2026年4月1日
すべての人にいい人でいる必要なんてない
キム・ユウン,
西野明奈
読み終わった
人のつらさにことに寛大になれない人がいる。そんな人の視線から抜け出そうまの苦難が永遠ではないとよくわかっている。今日、涙を流したからといって、強くだけの日々が明日もその次の日も続くわけではないことも知っておこう。自分のつらさを誰よりも自分が労わってあげてこそ、大きな傷跡にならずにうまくやり過ごせる。
(P26)
目標を掲げて前進すると苦しい瞬間も多い。目標自体が自分を萎縮させるような気もするし、締めつけられている気分にもなる。きちんとやれているのか怖かったり、このくらいで辞めるべきか悩んだりしたら、しばらく休んでから進んでもいい。そんなな考えが浮かぶということは、きちんと進んでいるということだから、絶望しなくていい。
電車が到着したというアナウンスを聞いて走り降りたものの、ちょうどドアが閉まってしまった地下鉄みたいに、無頓着にわたしを通り過ぎても、ちょっと待てばまたやってくる。静かで寂しいいまは、立ち止まるべきときではなく、ちょっと待つべきときなのだ。
(72)
ほんの一瞬でも、無礼を率直と思っている人を憎むために使う時間をもったいないと感じるようになった。
時間とエネルギーは自分の好きな人たちに使いたかった。憎しみや恨みのような感情のせいで、そばにいる人と笑うための時間を奪われたくなかった。
自分のために許すべきだった。相手の心を楽にしてあげる許しではなく、自分の心を楽にするために許すことにした。
新たな許しの方法は、自発的な関係の断絶だった。不快感を表すという警告を何度かしたにもかかわらず繰り返すなら、理解する努力をやめた。ふたたびいい関係に戻あうという決定を下しもしなかった。他人ではなくひたすら自分のために、意を決して縁を切ることを選んだ。
すべての人に対していい人でいることを放棄した。憎んで当たり前のような人には、自分を犠牲にしてまでいい人になる必要はまったくない。心のこもらない謝罪に対して、いい人になろうと無理に笑って「大丈夫」なんて嘘をつかない。大丈夫じゃないときは大丈夫じゃないと言う。無礼な行動を改めることのできない相手の言動を、ミスだと言って理解したりしない。自分にとっていい人になることにした。
自分の時間と幸せのために心をどう使うかがわかった。彼らが笑えば自分も一緒に幸せになる存在、つまり家族や恋人、友人のために使う。誰かを憎んで無理やり許すのに増耗しっくしてしまったエネルギーを集めて、もっと素敵なことに使う。妹と薄池に行って風にあたってくるとか、恋人と一緒に絵を習うとか、読者に向けて何か書くとか、旧友と話をするとか、そんな大切なことに幸せなエネルギーを使う方法を知った。
(P38)
