
やぎねこ
@calicocapricorn
2026年5月26日
君の火がゆらめいている
落合由佳
読み終わった
2026年度 読書感想文(中学校の部)課題図書
あらすじ
・主人公の葉澄は小学6年生の女の子。葉澄には双子の姉、菜々実がいる。
・葉澄と菜々実は双子のため、生まれてからずっと一緒にいるのだが、葉澄は小さいときに、菜々実が他の子と少し違うということに気が付いた。そしてお母さんにその違和感を伝えると、菜々実が自閉スペクトラム症と知的障害を持っており、できないことや苦手なことがあるということを伝えられる。それを聞いて葉澄は、菜々実とずっと一緒にいて、困ったことがあれば助けるとお母さんに宣言する。
・その言葉の通り、葉澄はいつも菜々実のそばにいて、病院の売店で買い物をするときに菜々実が欲しいものを探してレジに連れていったり、心が乱れて物に当たってしまったときに菜々実がけがをしないようにしたり、日常的なサポートをしている。
・平穏な日々を送っていた葉澄たちだったが、あるとき事件が起きる。お友達の倫ちゃんのお誕生日会に葉澄と菜々実の2人で行く予定だったが、倫ちゃんから菜々実は連れてこないでほしい、葉澄一人で来てほしいと言われてしまう。それに対して菜々実が行けないなら私も行かないと葉澄は言い返す。このことがきっかけで、葉澄と菜々実は倫ちゃんを含む仲良しグループから外されてしまう。
・本当ならお誕生日会に行くはずだった日に、葉澄は菜々実の付き添いで病院に行く。待ち時間に病院の中庭で、これまでの菜々実との生活や友達と仲たがいしてしまったことを思い返して、悔しいような淋しいような悲しいような気持ちになり、目に涙がにじんできた。そんなとき、同い年くらいの男の子に声を掛けられる。もうどうにでもなれという気持ちで、その男の子に自分の思いを打ち明ける。「何の病気も障害もないって、ときどき、すごく損な気がする」と思い切って口にすると、男の子がすかさず「わかる」と、葉澄は人に言ってはいけないだろう、こんなことを言ったら否定されるに違いないと思ったことに対して、明るくしかも大きな声で同調してくれた。
・男の子はもう行かなくてはと言い、去り際に手作りのキーホルダーを葉澄に渡す。男の子の言動に葉澄は勇気づけられる。
・だが、小学校の卒業が迫り、菜々実と同じ中学に進学するということで、中学でもクラスメートから孤立して、いままでと変わらず菜々実と二人っきりで過ごしていかなければならないということに気持ちが落ち込んでしまう。
・お守りとして肌身離さず持ち歩くようにしている、病院で会った男の子にもらったキーホルダーを眺めていると、そこに『つなぎびにて』と書いてあることに気が付く。「つなぎび」とは何だろうと思い、ネットで調べてみると「つなぎび」はきょうだい会の名前だということがわかる。
・きょうだい会とは、きょうだい児、つまり障害や重い病気をもつ兄弟・姉妹をもつ子どもが集う場であり、葉澄は自分と菜々実がきょうだい児と障害児の双子なのだということ、自分の立場に名前が付けられるのだということを知る。そして、あの日病院で会ったの男の子も、もしかしたら葉澄と同じきょうだい児なのでは、「つなぎび」に参加すれば男の子にもう一度会えるのでは、と考える。
このあと
・つなぎびでどんな出会いがあるのか
・葉澄は自身の境遇にまつわる悩みにどのように向き合っていくのか
・タイトルの「君の火」が「ゆらめいている」とはどういうことなのか?
に注目して読んでほしい。
読んで感じたこと
・読む前はきょうだい児という言葉に聞き覚えがなく、きょうだい児がどんなことを考えているのか思いを巡らすことはなかった。この本を読んできょうだい児のことを知って、世の中をより深く理解し、みんなが過ごしやすい社会へ近づくために必要な視点をまた一つ獲得できた。それだけで、読んでよかったと思えた。
・障害者という言葉を聞いて真っ先に思い浮かぶのは、知的障害や肢体不自由、視覚・聴覚障害をもち、日常生活に不自由を感じる人々のことだと思う。しかし、一般的に障害者と呼ばれなくても、傍目から見たらなんの障害もなさそうな人も、人はみな生きるうえで世間一般に求められていることと自分の能力や資質とのずれに生きづらさ、不自由を多かれ少なかれ感じるものだと思う。そこに障害者と健常者の線引きはない。
・障害のあるなしにかからず、一人ひとりが尊重される社会であってほしいと思っている。さまざまな境遇の人がいるなかで、誰1人傷つけない、誰1人取り残さず、公平・平等性を保つというのはとても大事なこと。その一方で実現するのはものすごく難しい。
・葉澄は周りの大人に、将来は医療関係のお仕事に就くのと聞かれる。葉澄の場合は、きょうだい児だから、言い換えると姉が障害をもっているからという理由で、そのような境遇にいる人は、障害者と健常者の橋渡し役であるべきであるという偏見、勝手な期待や過度なプレッシャーを向けてられていることが露わになったエピソードの一つ。
・思いやりを持って接する、優しく接するつもりの行動が、本当に一人ひとりのためになっているのか、一方的な配慮が誰かを苦しめていないか、ということをよく考え直したいと思った。やさしさの定義は人によって様々なのではないかというメッセージがこの物語には込められているように思った。
・視野が狭いばかりに、誰かに圧力を掛けたり誰かの行動を制限してしまったり、誰かを傷つけてしまうことがある。これまでの自分の言動が無意識に誰かを苦しめていないだろうかと不安になった。一方で、不安になって腫れ物を扱うような態度をとっても相手に疎外感を与えてしまうし、コミュニケーションは成立しない。傷つけてしまうから何も言わない、本音を伝えたいから何でも言うと極端になるのではなく、相手の状況やどれくらい親密かなどを見極めた上で、自分なりの優しさ、真心、勇気を持って話そうとすること、その姿勢を示すことが大事。
・外部から圧力だけでなく、自分で自分の可能性を狭めてしまうこともある。葉澄の家は美容院で、お父さんもお母さんも美容師、菜々実は「かみのけやさん」になりたいと言っている。葉澄は漫然と、両親の店で菜々実と一緒に美容師として働くのが当然だと、すべてが丸く収まると思い、他の選択があることを考えてさえいない。自分で選択肢を狭めて視野を狭めて、可能性までも狭めていないか。
・家業を継いでほしい、全く別の職業に就きなさい、この職業はやめたほうがいい、大学に行ってほしい、大学にいかなくてもいいんじゃないか、というような言葉を掛けられることがあるかもしれない。人が何をどう思うかは自由、そう思うこと自体が悪いことではない。親子間だったり友達間だったり、考えていること、信じていること、当たり前だと思っていることが少しずつ違うのは決しておかしなことではない。何を言うかということと同じだけ、言われたことをどう受け取るかが大事。違う価値観をもつものどうしで意見が衝突したときに、私たちはどうすればいいのか。その場を丸く収めるために言いたいことを言わずに相手の意見に従うしかないのか。波風を立てない、相手の希望通りに行動することで、自分を犠牲にしていないか。自分の気持ちを蔑ろにしていないか。
どんな人におすすめか
・障害者支援、バリアフリーやボランティアに興味がある人
・友だちづきあい、家族との関わりについて考えたい人
・現代日本が舞台で主人公の歳も近い(中学生)ので、主人公に感情移入して物語を読みたいという人におすすめ
日本きょうだい福祉協会
https://siblingjapan.com
全国きょうだいの会
https://kyoudaikai.com
Sibkoto 障害者のきょうだい(兄弟姉妹)のためのサイト
https://sibkoto.org
併せて読みたい
藤木和子『「障害」ある人の「きょうだい」としての私』岩波書店、2022年。
荒木裕樹『障害者ってだれのこと? 「わからない」からはじめよう 中学生の質問箱』平凡社、2022年。
書評
藤木和子「「きょうだい児」当事者の弁護士が未来に寄せる思い」『コクリコ』2025年12月5日、参照日:2026年5月26日。
https://cocreco.kodansha.co.jp/cocreco/general/childcare/xYfmq