
阿久津隆
@akttkc
2026年5月14日
読んでる
ベイヤードの屋敷のところで犬が登場した。二匹だ。ベイヤードが馬車から降りるのを待って、それからベイヤードが馬に乗るのをおとなしく待った。
p.50
そうして彼らは、その生涯の暮れなずむ黄昏が、二つの生命を生み出した優しい大地の上で平和な終わりへと向かって近づいていくあいだ、季節ごとに変化する牧草地や野原や森林を静かに急がず歩いて、午後をともにすごすのだった―人間は馬に乗り、まだらのセッターはその隣に重々しくつき従いながら。若い犬の方は二歳にもなっておらず、彼らの落ち着いた社会に長く調子をあわせるには、本質的にあまりにもせっかちだった。ときには彼らと一緒に出発したり、どこかからやってきて野原の真ん中で彼らと一緒になり、はねをとばし気負い立って、走りまわったりもしたが、それは長くは続かなかった。すぐに舌を垂らし、尾をぴんと張って鋭く振り動かし、彼を猛り狂わせる捉えがたい匂いを追って走り去らずにはいられなくなる。世界はそうした匂いで彼をとり囲んでおり、ありとあらゆる藪や雑木林や峡谷から彼を誘惑するのだった。
ほっこり。フォークナーとは思えない穏やかな場面だ、と思ってから、そういえば僕は短編の「熊」をすごく面白く読んだような記憶があり、それがどんな話だったかは覚えていないけれど、実はフォークナーの描く動物が好きだったりもするのだろうか、と思ってから、短編まではいいかなと思っていたけれど、『熊 他三篇』も読んでもいいかもしれないし、短編がいいなら、『エミリーに薔薇を』も読みたい気持ちにもなってきたし、そう考えてみると、短編でフォークナーがどんなふうに小説を組み上げるのか、がぜん興味が湧いてくる感じがあった。