
ジクロロ
@jirowcrew
2026年5月27日
カラマーゾフの兄弟 上
ドストエフスキー
かつて読んだ
「いや、人間は広いよ、広すぎるくらいだ、俺ならもっと縮めたいね。」
(第一部 第三編 三)
「広すぎる」からこそ、人間には理性というものがOSとして与えられる。
そのOSは、あくまでも先に生まれた人間から後世へと与えられるもの。
「諸君、二二が四というのは、もう生ではなくて、死の始まりではないのだろうか」
((『地下室の手記』)
与えられたOSの窮屈さ、
すでに答えが分かっている問い。
そのアップデートは「地下室」で実験的に始められる。
彼こそ「ニニが五」という命懸けの跳躍のために新たな問いを試みる者。
広すぎるのは不安、
しかし狭すぎれば外に飛び出したくなる。
逸脱には監視がつきまとう。
不幸なのは、その監視が自分自身の内面化されたまなざしであるということ。
荒野と方程式、いまはどっち?
まなざし、それはだれの?
こんな問いが、神という存在を引き寄せる。
ドストエフスキーの重力と恩寵。