しがない "他人の顔" 2026年5月27日

しがない
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@ooe
2026年5月27日
他人の顔
他人の顔
安部公房
おもしろさを形容するなら、三島の金閣寺と同等だろう。どちらも文章が主人公の精神性で覆われている秀逸さがある。ただぼくは安部のほうがすきだ。 人間の泥臭い自家撞着が染みていて、それがこの『他人の顔』の文章表現に表れている。それゆえ中盤は冗長になるのだが、これは主人公の精神性だと理解することができる。 顔の傷以降、彼は神経症になったのだろう。そうして読み進めていくと合点がいく。彼は自分が信じられなくなった。それはつまり、自分の世界の見方に対しても自信がなくなるということだ。これが世界への猜疑心になる。 彼は世界に抵抗するため仮面に固執するのだが、妻は呑気にテレビを見ている。彼を卑小する様子もない。妻は彼と顔だけで接しているわけではなく、彼の存在、そして空気を愛している、彼との日常を愛しているのだ。 最初から彼の勘違いであり、自家撞着の物語である。 妻が仮面の彼と性行為をするのも、彼女が彼のすべてを愛しているからだろう。 というか仮面を被って低い声を出したくらいでバレないと思うのが、そもそもお門違いである。特有のしぐさや空気感は拭いきれない。それを失念するくらい彼は顔に固執してしまった。自信のなさから全ての人間が顔で生きてると勘違いしてしまった。 そんな人間の哀れな自家撞着である。 最後、物語はどうなったのだろうか。 僕が考える最後は、やはり足音は妻であり、妻はいつも通り家に帰ってきたのだろう。彼女は徹頭徹尾日常を生きている。 そして彼は顔ではなく足音で妻と判断する。彼女にすべてを愛されている彼は仮面を殺すのだ。 物語を普通に読むとバッドエンドは想像に難くない。しかし僕は、それでも救いに賭けたいと思う。それは彼の実存が妻に依存しているからでもある。 蛭の顔は最初から彼の仮面であったのだ。 それにて自己超克の物語としよう。
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