"春にして君を離れ" 2026年5月28日

@tnsugui
2026年5月28日
春にして君を離れ
春にして君を離れ
アガサ・クリスティ,
アガサ・クリスティー,
中村妙子
休暇中の暇な女性が一人過去を振り返るというサスペンス本。地味な舞台設定だが、後半になるほど面白さが加速していく。自分のこれまでと今後の人生に思いを馳せてしまう、個人的には良くも悪くも身につまされる物語だった。 「ジョーンは最低の母親だ」と言い切ることができない。一家の格式と安定を得ようと奔走する自分を「夫のため」「子のため」に生きていると思い込む母親という図式は、それほど珍しくもない筈だ。それも悪いことではないと思う。自分がジョーンの立場なら、弁護士資格を持ちながら農業を始めようとする夫を叱咤してしまうかもしれないし、恋人の見る目がない子供達に口を出したくなるかもしれないし、我が子を残して駆け落ちした旧友を心の内で蔑むかもしれない。そういう、良く言えば堅実、悪く言えば窮屈な思考で育った人間だという自覚がある。 中盤くらいから、ジョーンの「あの女」「かわいそうな一生」「頭の弱い〇〇人」といった言葉遣いが気になってくる。これは意図した翻訳なのだろう。言葉の端々に「自分は正しい」という強烈な自負や、「自分が導いた正しい家族」「人としてあるべき理想の人生」と比較して周囲の人間を見下すようなニュアンスが含まれている。その無意識な傲慢さと過干渉がいかに嫌われるかを、本人だけが何十年も気付いていない。気付いて、受け入れ家族に謝る勇気が持てるとも限らない。 最後の書評にもあったが、これらに身に覚えが無い読者にとってはそれほど特別な本にはならないのだろう。ただ、少なくとも私は自分の人生と切り離せなかった。1944年にこの母親を描いた作者の感性が恐ろしい。
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