
aymr
@quasciAYMR
2026年5月28日

多類婚姻譚
凪良ゆう
読み終わった
恐れずに書くと、作中の女性に腹が立つ場面があったのは自分が男だからなのか。そう仕向けるようなエピソードの書き方ではあったけれど、読んでるだけで嫌気がさしてため息がでた。
これは場面のリアルな部分を考えるのを逃げたくなってしまったのかもしれない。
もちろん、なんだこの男という話だってあるが読み手の性別が変わったら見方も変わって感じるのだろうか。
今も 「読み手の」に(心の)と書こうと思ったけれど果たして単に心がどちらかの性であると言い切ったらまた無自覚に傷つく言葉遣いになっているのだろうか?
ここまで頭を悩ませて日々生きる事がある人は一生懸命すぎる気もするけれど、それもまた自分との生活格差が開いている場合には参考にはならないよな、とも思う。
性格差や金銭、生まれ育ちの差など、どちらも状況も立てて物事を考えないといけない。と簡単に言い切ってしまう事は出来るが、現実には折り合いをつけて進めていかないと何事も手に負えないのも想像が付く。
読んだからこういう風に考えていくようにしよう!とすぐに振り返り自分を思い直せる本では無く、未だ解決策は誰も持たない悩み達の本だと感じる。
心から転がり出るような苦しみの数々は周りから見ると小さいが、当人には様々経験の中でミルフィーユ層で重なった、遅効性の焦りや怒りの結石のようだ。

