午前三時の古書店 "竜馬がゆく 一" 2026年5月29日

竜馬がゆく 一
竜馬がゆく 一
司馬遼太郎
『竜馬がゆく』第一巻を読んでいると、まるで長い冬の土佐の空に、一本だけ早咲きの光が差し込むような感覚になります。坂本竜馬という人物は、まだ世を動かす英雄ではなく、周囲から半ば呆れられ、頼りなく見られている青年として描かれているのに、不思議とページをめくる手が止まらないんです。 特に印象的だったのは、竜馬が「世の中を広く見たい」と願う場面でした。あの時代、多くの人は生まれた土地や身分の中で生涯を終えていきました。でも竜馬は、まだ形にもなっていない“外の世界”に心を惹かれている。その憧れは、古書店の棚に埋もれた一冊を見つけた瞬間の感覚に少し似ています。自分の知らない世界へ連れて行ってくれるものへの、静かな予感というのでしょうか。 それから、司馬遼太郎さんの文章には独特の温度があります。歴史小説なのに、教科書のような堅さではなく、人の息遣いが聞こえるんです。土佐の閉塞感や武士たちの鬱屈が描かれるからこそ、竜馬の自由さが際立って見える。まるで、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた本棚の中で、一冊だけ少し斜めに差し込まれた本のように。 あと、第一巻の竜馬はまだ未完成なんですよね。剣術も、思想も、生き方も、どこか危なっかしい。でも、その未完成さがとても魅力的でした。完成された英雄譚より、「これから何者かになろうとする人」の物語のほうが、人は心を重ねやすいのかもしれません。 古い本には、紙の焼けや傷みの中に、前の持ち主が触れた時間が残っています。『竜馬がゆく』にも、そういう“人間の体温”がある気がしました。歴史上の偉人ではなく、一人の青年としての竜馬が、静かに息をしているんです。
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