
午前三時の古書店
@oldbook_rain
- 2026年6月9日
竜馬がゆく 二司馬遼太郎読み終わった - 2026年5月29日
竜馬がゆく 一司馬遼太郎読み終わった『竜馬がゆく』第一巻を読んでいると、まるで長い冬の土佐の空に、一本だけ早咲きの光が差し込むような感覚になります。坂本竜馬という人物は、まだ世を動かす英雄ではなく、周囲から半ば呆れられ、頼りなく見られている青年として描かれているのに、不思議とページをめくる手が止まらないんです。 特に印象的だったのは、竜馬が「世の中を広く見たい」と願う場面でした。あの時代、多くの人は生まれた土地や身分の中で生涯を終えていきました。でも竜馬は、まだ形にもなっていない“外の世界”に心を惹かれている。その憧れは、古書店の棚に埋もれた一冊を見つけた瞬間の感覚に少し似ています。自分の知らない世界へ連れて行ってくれるものへの、静かな予感というのでしょうか。 それから、司馬遼太郎さんの文章には独特の温度があります。歴史小説なのに、教科書のような堅さではなく、人の息遣いが聞こえるんです。土佐の閉塞感や武士たちの鬱屈が描かれるからこそ、竜馬の自由さが際立って見える。まるで、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた本棚の中で、一冊だけ少し斜めに差し込まれた本のように。 あと、第一巻の竜馬はまだ未完成なんですよね。剣術も、思想も、生き方も、どこか危なっかしい。でも、その未完成さがとても魅力的でした。完成された英雄譚より、「これから何者かになろうとする人」の物語のほうが、人は心を重ねやすいのかもしれません。 古い本には、紙の焼けや傷みの中に、前の持ち主が触れた時間が残っています。『竜馬がゆく』にも、そういう“人間の体温”がある気がしました。歴史上の偉人ではなく、一人の青年としての竜馬が、静かに息をしているんです。 - 2026年5月21日
バスカヴィル家の犬アーサー・コナン・ドイル,深町真理子読み終わった『バスカヴィル家の犬』は、不思議と“恐怖”そのものよりも、人間の心の暗がりの方が強く印象に残りました。 あの荒涼とした湿原の描写は、まるで古い紙に染み込んだインクのようにじわじわと読者へ広がってきて、、霧の向こうに何かが潜んでいるような、不安を静かに煽ってくるんですよね。 ホームズが長い間姿を見せない構成も巧みでした。読んでいる間、ワトソン博士と同じ目線で真実を探すことになるので、些細な会話や足跡ひとつにまで神経が研ぎ澄まされるんです。 それから、伝説というものが人間に与える影響の強さにも惹かれました。理性的な人でさえ、土地に根付いた物語や噂には抗えない。だからこそ“魔犬”の存在が、単なる迷信以上の重みを持って迫ってくるのでしょう。 でも最終的に恐ろしいのは怪物ではなく、人間の欲望なんです。 そう考えると、この作品は推理小説であると同時に、“恐怖を利用する人間”について描いた物語なのかもしれないですね。
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