ここみ "屍者の帝国" 2026年5月9日

ここみ
@kokonano
2026年5月9日
屍者の帝国
屍者の帝国
伊藤計劃,
円城塔
1日で一気に読み切れてしまった。円城氏の小説は初めてだけど、なるほどこんな味がするのか、という感じでたぶん次は円城さんを読んでいくと思う。 いろんなことを考えたが、ひとまず3つに絞ろう。ひとつは、これを読むにあたり、私が今の疲弊した脳状態でも、過去から膨大な本を物色雑食するタイプであったこと、特に海外書籍に読み慣れていることがだいぶ有利に働いてくれたという経験値の感謝。ふたつは、私が聖書や複数の宗教、神話、世界史、音楽史などにある程度通じており、哲学に抵抗がないことと脳科学や特に認識認知領域に常に関心が強いことがかなりフィットしてくれたという感覚。 特にひとつめについては、古今東西の小説を読み漁り続けるメリットを改めて実感した。できれば原書。もしもこれを一度も触れたり前提として経由していなかったのなら、気がつけないことがたくさんあっただろう。そう思うほど喜劇的に、ガワは“クロスオーバーオールスターズ”を取っているからこそ、見つけずにはいられない笑いどころであったり理解であったりが複雑に盛り込まれていた。これ編み込んで、まとめあげたのすごすぎる。もちろん浅くても十分楽しいと思う。でも舞台が海外である小説(カタカナの人物名や場所など)に慣れてないと、初手厳しくて挫折する人もいるんじゃないかと思った。あからさまに己の既読体験や既存の思考体験を利用してくるギミックによって、読解の質が問われてくる小説だと感じた。でも、本当に「さらっと知っているだけ」でも大丈夫なところも興味深い構成である。ひえーすごいな。 3つ目は、だいぶ“円城味”が濃かった気がした。というか、正直円城氏はここで初めて知ったんだけど、これは伊藤氏ではない、という確信みたいなものがわかってしまった。まだ1冊しか読めてないのにね。本人が何を書きたかったのか、円城氏は何を思いながら書いたのか、その背景が知りたくなったのでインタビュー系を今後漁ると思う。 笑えた。興奮した。考えることがたくさんあった。それ自体は幸福だ。気持ちが良かった。でもその快楽の中心に、欠けがあるのを自分の中に見つけてしまった。頭が勝手に現実を接続してしまう物語。失われたものの上に立っている空虚感みたいなものなのかな…わかんないや。面白かったのに、どこかすごく哀しい。人は物語を求め、物語には終わりを求める、でも終わったのに終わっていない終わり方は大変好みだった。これは難しい小説じゃなくて、すごく広くひろく開かれ、捧げられたエンタメ爆発小説なんだ、と自分は背表紙を閉じた時に思った。
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