
ゆい
@no1sin
2026年5月30日
超個人的時間旅行
藤岡みなみ
買った
読み終わった
「現実の中のタイムトラベル」をテーマに各人がエッセイと写真を寄せる。はじめZINEとして発行されたアンソロジーがハヤカワ文庫になったもの。購入特典の小冊子につられて文学フリマで購入。
20名以上の作品の中から、以下特に面白かったもの。
◼︎遥か彼方へ送る探査機を設計する久保勇貴さんの「土星の輪をくぐる」
> 土星に行くのは、片道10年かかる。つまり、自分たちの設計が正しく機能するかどうかは、10年経たないと答え合わせできない。しかも、一度宇宙に打ち上げたら設計変更もできないし、機体のどこかが壊れても修理しに行けない。10年後の答え合わせの日に後悔しないためには、今この瞬間の自分が未来を徹底的に想像して、あらゆることを事前に議論しておく必要がある。10年後、探査機はどのぐらい劣化しているだろう。故障が起きたら、どうリカバリーすればよいだろう。高速で接近しながらも手ブレせずに撮るには、どう探査機を制御すればよいだろう。どういう写真なら、10年先でも世界を驚かす科学成果になるだろう。それは10年後の日本にとって、どういう意味があるだろう。未来に向けて手紙を書くように、それをタイムカプセルに詰めるように、チームのみんなで毎日ああだこうだと議論したことを探査機の設計に反映させている。(P.118)
すごい世界だ。中でも、惑星探査の研究者が大勢集まるという年に一度の研究会の場で、日本の惑星探査ミッションを主導してきた高齢の先生が発言する場面が印象的。
> 大きなものを背負っているはずなのに、痩せた背中は、あくまで一人分の大きさだった。
> 「10年後には、私なんかはもう生きていないと思うんだけどね」
>窓の外から雪の降る音が聞こえた気がした。冗談めいた言い方だったけれど、笑いは起きなかった。またまた先生ご冗談を、と誰かが場を和ませてもいいはずなのに、ただみんな、静かに考えていた。楽観でも悲観でも傍観でもなく、未来のことを考えていた。(P.120)
◼︎2022年当時97歳だった女性に11歳だった頃の記憶についてインタビューする瀬尾夏美さんの「ぶつぎりにされた時代をつなぐ」
> 二・二六と、ベルリンオリンピックと、ヒットラーが台頭するあたりのさわやかさ、です。(P.169)
> でもね、こうしてあらためて、11歳の頃のことなんか語ってみますとね。天皇のこと、朝鮮のこと。これは植民地と差別の問題なのよね。それからファシズムの恐ろしさ。どれも現在につながっていることだなって思うの。
>Mさんはそう言って、まるで今日の新しい発見を噛みしめるみたいに頷きながら語りを終える。すごい時間に立ち会ってしまったと感動しながらお礼を言うと、こちらこそね、と言って笑ってくれる。
>彼女が80年以上前に経験したことの人生における意味づけが、ほんの半日の語らいによって、大きく変化する(もちろんそれは一時的なことかもしれないけれど)。ときに語りは聞き手のみならず、語り手自身をも変えてしまう。恐れ多くも、あちこち出かけて話を聞いていると、こういう場面にときおり出会う。その尊さと面白さに興奮しつつ、そのあつけなさに戸惑いながら、けれども人は、こういうふうに意味づけの更新を繰り返しながら生きてゆくものなのだろう、とも感じている。(P.171)
こんなふうに聡明で頭の柔らかい女性がその知性をそのままに、終戦目前のころの心境について、瀬尾さんの予想外の受け答えをした場面がひときわ心に残る。
> いま確かにMさんとわたしは同じ時代を生きていて、会話は滑らかに進んでいるけれど、彼女のなかには、いまとはまったく異なる価値観や考え方があった時代の経験が蓄積されている。そのこと自体がとても大切で、わたしも知りたかったはずなのに、危うく聞きこぼすところだった。それどころか、反射的にはねつけてしまいそうだった。彼女が当時の感情をそのまま保存していて、それが率直に言葉にされたことにこそ、彼女の意思があるはずなのに。
> もしも彼女が、わたしとの会話に合わせるようにして、当時から戦争なんて嫌だったわ、などと言ってしまったら、戦時を必死に生きた自分自身や、多くの友人を亡くしながらも軍医として戦場で働きつづけた夫、当時をともに生きたたくさんの友人や大切な人たちの存在が、彼らの人生の一部が、なかったことになってしまう。──それは違う、と彼女は思っていたのではないか。
> 亡き人たちの面影と、過去の確かな(だけど薄れつつある)実感と、現在持っている思想とメッセージ、そして聞き手の期待を察しながら、本当に微妙なバランスの中で語りは生成されていく。(P.172)
瀬尾さんは「11歳の記憶」を中心に、さまざまな世代の人たちに生活実感のこもった言葉で自らの人生を語ってもらい、その集積によってこの90年余りの日本社会の歩みを手触りのある形で現していく試みをされている。
◼︎仕事用のICレコーダーを停止するのを忘れたことによって残されたと思しき、12年前のデータを再生することによって自分自身の過去の一日を追体験する、岡田悠さんの「25時間の録音データ」
> 「海老、どうしようかなあ」
>その一言にどきりとした。またもや二人の居場所がすぐにわかったのだ。「ゆで太郎」というチェーンの蕎麦屋だ。それも、大手町のゆで太郎に違いない。
>新卒の頃、僕は大手町に住んでいた。日本最大のビジネス街には、実は単身者向けのマンションが結構あって、労働者の独房のような狭い部屋は、都心にしてはかなり安かった。周辺にはスーパーもなく、飲食店は休日になると閉まるし、住むには不便な場所。そんな環境で、大手町駅の近くにある24時間営業のゆで太郎が、僕の行きつけだった。(P.204)
◼︎古生物学者スティーブン・ジェイ・グールドの著作への長年の愛と、その物語に対する自分自身の立場の変化を語る吉川浩満さん「歴史のリプレイ」
取り上げられるグールドの著作は「カンブリア紀(約五億年前)の奇妙奇天烈な動物たちと、それをめぐる古生物学者たちのドラマを描いた傑作ノンフィクション」であり、
この本でグールドはこんな問いを投げかける。「もし歴史のテープを五億年前のカンブリア紀まで巻き戻して、そこにそれほど重要でないほんのちょっとした変更を加えたのちに、テープをリプレイさせてみたらどうなるだろうか」。
リプレイのたびに歴史は全く異なった様相を呈するだろうというグールドの主張に、若かりし頃は「大いなる自由と解放感」を覚えていた吉川さんだが、その見方は年と共に様変わりしていく。
>とはいえ、これは見方そのものの転換であるので、現在の私は、この変化をネガティブなものとばかりは考えていない。歴史のリプレイがその都度まったく異なったものになるという推測に自由や解放感を覚える感覚は、いまではワンチャン狙いのガチャ待望論に見える。物事がとりうる幅は案外狭いという見方は、かつては不自由に感じられたが、いまでは福音である。観察・実験・思考・実践による漸進的介入の余地が生まれるからだ。
>さて、見方の変化についてばかり述べてしまったが、変わらなかったこともある。グールドの主張の大枠──「ほかでもありえた」こそが歴史の根本原理である──だけは動かしがたいということである。そして私にとってはそれがいちばん大事なことだ。(P.216)
◼︎家族の歴史を辿って富山へ旅する藤岡みなみさんの「私の氷見」
楽しく街を巡るも、ルーツを求める旅という意味では今ひとつピンとこない(苗字が同じだけで無関係の赤の他人かも、そもそも血が繋がっていたとして、それが何?)思いのまま帰宅する藤岡さんだが、その他人行儀な感覚が一変する瞬間が訪れる。
> 氷見の町が頭に浮かんだ。私の氷見。ティッシュ箱のおじいさんは、歴史に詳しくてやさしい運転手さんは、無事だろうか。祖父の町は、宮大工が作った寺は、縄文人たちの落ち着く穴はどうなる。(P.226)
「あれは、タイムトラベルの準備のトラベルだった」と気づく、エポックメイキングなその瞬間。
