
ゆい
@no1sin
- 2026年7月10日
苦海浄土中村桂子,加藤登紀子,池澤夏樹,石牟礼道子,赤坂真理,鎌田慧読み終わった> 「昨日は、狂うたなぁ、みんな」 誰の声だったか、大きくはない、微笑を含んだ声が冷気の中にした。 「──ほんに……。思う存分、狂うた……、」 澄んだ細い笑い声があがり、すぐに消えた。いつものおしゃべりは出ない。ゆるやかな山坂道だった。(P.631) - 2026年7月10日
苦海浄土中村桂子,加藤登紀子,池澤夏樹,石牟礼道子,赤坂真理,鎌田慧読み終わった> 潮で洗いあげて茹でた巻貝の小さな身を、木綿針でくるくると丹念に抜きためて水に晒らし、春の野芹を摘んで来ては和え物にしたり、菜種の油でからりといためて食べさせたりして、このかしら娘は、家族たちを喜ばせていた。 海にむいた縁側の日ざしに、愛らしい形のさまざまな巻貝をかざして見て、ひらりひらりと、その貝の身を抜きとるのである。そのような袖口には、いつも潮が匂い、人前ではあまりしゃべらない娘が、唄の続きにぽいぽいと、貝の身を、じぶんの口の中にもほうり込んでいた。貝をむく手つきのまま、同じ縁先で、編物を編む手つきも軽やかだった。庭先にいつも桜があったから。 あの貝が毒じゃった。娘ば殺しました。 おとろしか病気でござすばい。人間の体に入った会社の毒は。 死ぬ前はやせてやせて、腰があっちゃこっちゃに、ねじれて。足も紐を結んだように、ねじれとりましたばい。嫁入り前の娘の腰が。(P.312) - 2026年7月10日
苦海浄土中村桂子,加藤登紀子,池澤夏樹,石牟礼道子,赤坂真理,鎌田慧読み終わった>こら、杢、握っとるかえ、とも網は。爺やんはくたぶれてねむるけん、おまいが頼りぞ。うん、おまいもくたぶれたか、ねむかか。ほんにほんに、むりもなか。おまいも毎日、くたぶれる。 兄しゃん達が薪ば割れば、縁の入りに這い出て来て、かなわん指ば握ったりひらいたり。おまや、そのよな体に気合いをいれて、薪を割って加勢する。うん、今日も加勢したのう。すっすらすっすら、汗流してのう。こまんか体から。 今日のたきもんは、おまいが割って加勢した。おまいが割った。 今夜の魚は、おまいが割って加勢したたきもんで、炊いた魚じゃった。のう、婆やん。 ごっつおさまじゃった、杢。ごっつおさまじゃったぞ、杢。 おかげで、爺やんは、焼酎のうまかった。 ほっほ、爺やんは、そろそろ魂の、ゆらゆらとしてきたわい。 おまいも飛ぶかえ。飛ぶかえ、いっしょに。 爺やんと。 それ、 漕げえ、漕げえ。 揺れえ、揺れえ。ほら、爺やんが、揺すってやるけん。 寝れ、おまいが魂もくたぶれるわいのう。 爺やんが膝ば、枕にして。ほらよ、爺やんが舟は、ねむり心地のよかろうが。 楽になれ、楽になれ。臍は天さね向けて。 むけたか、臍は、こら。ふっふ。(P.284) - 2026年7月10日
苦海浄土中村桂子,加藤登紀子,池澤夏樹,石牟礼道子,赤坂真理,鎌田慧読み終わった>出月部落、茨木妙子、次徳姉弟の家。両親は急性劇症型、慢性刺邀型で初期に死亡した。次徳氏の病状を抱えて姉妙子さんは嫁にもゆきそこねた。土方仕事を休んで弟と二人、彼女は社長の来訪を待っていた。 「よう来てくれなはりましたな。待っとりましたばい、十五年間!」 まず彼女はそう挨拶した。 秋の日照雨が降り出した。 「今日はあやまりにきてくれなったげなですな。 あやまるちゅうその口であんたたち、会社ばよそに持ってゆくちゅうたげな。今すぐたったいま、持っていってもらいまっしゅ。ようもようも、水俣の人間にこの上威しを噛ませなはりました。あのよな恐ろしか人間殺す毒ば作りだす機械全部、水銀も全部、針金ひとすじ釘一本、水俣に残らんごと、地ながら持っていってもらいまっしょ。東京あたりにでも大阪あたりにでも。 水俣が潰るるか潰れんか。天草でも長島でも、まだからいもや麦食うて、人間な生きとるばい。麦食うて生きてきた者の子孫ですばいわたしどもは。親ば死なせてしもうてからは、親ば死なせるまでの貧乏は辛かったが、自分たちだけの貧乏はいっちょも困りやせん。会社あっての人間じゃと、思うとりゃせんかいな、あんたたちは。会社あって生まれた人間なら、会社から生まれたその人間たちも、全部連れていってもらいまっしゅ。会社の廃液じゃ死んだが、麦とからいも食うて死んだ話はきかんばい。このことを、いまわたしがいうことを、ききちがえてもろうては困るばい。いまいうことは、わたしがいうことと違うばい。これは、あんたたちが、会社がいわせることじゃ。間違わんごつしてもらいまっしゅ」 滂沱と涙があふれおちる。さらに自分を叱咤するようにいう。 「さあ!何しに来なはりましたか。上んならんですか。両親が、仏様が、待っとりましたて。突っ立っとらんで、拝んでいきなはらんですか。拝んでもバチはあたるみゃ。線香は用意してありますばい」 彼女にうながされ、一行ははじめて被害者の仏壇に礼拝した。吹き降りの雨足の中を、背広を着た人びとは言葉を発することなく、自動車で次の患家にむかった。(P.266) - 2026年7月10日
苦海浄土中村桂子,加藤登紀子,池澤夏樹,石牟礼道子,赤坂真理,鎌田慧読み終わった>どのようにこまんか島でも、島の根つけに岩の中から清水の湧く割れ目の必ずある。そのような真水と、海のつよい潮のまじる所の岩に、うつくしかあをさの、春にさきがけて付く。磯の香りのなかでも、春の色濃くなったあをさが、岩の上で、潮の干いたあとの腸にあぶられる匂いは、ほんになつかしか。 そんな日なたくさいあをさを、ぱりぱり剥いで、あをさの下についとる牡蠣を剥いで帰って、そのようなだしで、うすい醤油の、熱いおつゆば吸うてごらんよ。都の衆たちにゃとてもわからん栄華ばい。あをさの汁をふうふういうて、舌をやくごとすすらんことには春はこん。 自分の体に二本の足がちゃんとついて、その二本の足でちゃんと体を支えて踏んばって立って、自分の体に二本の腕のついとって、その自分の腕で櫂を漕いで、あをさをとりに行こうごたるばい。うちゃ泣こうごたる。もういっぺん──行こうごたる、海に。(P.129) - 2026年7月10日
苦海浄土中村桂子,加藤登紀子,池澤夏樹,石牟礼道子,赤坂真理,鎌田慧読み終わった>ここではすべてが揺れていた。ベッドも天井も床も扉も、窓も、揺れる窓にはかげろうがくるめき、彼女、坂上ゆきが意識をとり戻してから彼女自身の全身痙攣のために揺れつづけていた。あの昼も夜もわからない痙攣が起きてから、彼女を起点に親しくつながっていた森羅万象、魚たちも人間も空も窓も彼女の視点と身体からはなれ去り、それでいて切なく小刻みに近寄ったりする。 絶えまない小きざみなふるえの中で、彼女は健康な頃いつもそうしていたように、にっこりと感じのいい笑顔をつくろうとするのであった。もはや四十を越えてやせおとろえている彼女の、心にみるような人なつこいその笑顔は、しかしいつも唇のはしの方から消失してしまうのである。彼女は驚くべき性質の自然さと律義さを彼女の見舞人に見せようとしていた。ときどき彼女がカンシャクを起こすのは彼女の痙攣が強まるのでみてとれたが、それは彼女の自然な性情をあらわすべき肝心な動作が、彼女の心とは別に動くからであった。 「う、うち、は、く、口が、良う、も、もとら、ん。案じ、加え、て聴いて、はいよ。う、海の上、は、ほ、ほん、に、よかった。」(P.114) - 2026年7月10日
苦海浄土中村桂子,加藤登紀子,池澤夏樹,石牟礼道子,赤坂真理,鎌田慧読み終わった>それからこっち、もう行かん。うちの部落で死んだ大将は、打ち殺しても死なんごたる荒しか男じゃったですが。十一月二日のデモのときは、その大将が一番のりして、会社の正門にかけのぼり、会社が開けんのを内側に飛びおりて開けた男でしたが。デモ隊が会社にはいれたのはあの篠原保がおかげでしたもん。 それが、アウ、アウちいうて、モノもいいきらん赤子んごてなって、あの大将がころっと二週間ばかりでうっ死んだ。ショックじゃったばい。あげんして死んだちゃ情なか。死んでも死にきれんじゃったろと思うたなぁ──。かかも子もどげんなるな。こらもう、網売ってでも、舟売ってでも、土方してでも、生きとらにゃとおもうて。もう魚は獲るみやと思うたが、ここらあたりに銭仕事は無し。沖の方さね目はゆく。はがゆさ、はがゆさ。(P.72) - 2026年7月9日
読み終わった>その一声でアリさんたちは気づいてしまう。なぜお国の役にたつことをしなければならないのか?有益な臣民にならなくてはならないのか。役にたつってだれのため? 一握りの権力者だ。自分の生ではない、他人の生をいきさせられるのだ。もちろん、おまえは使えるなといわれてホメられたらすこしはうれしい。だけどそんなことをしていたら死ぬまでこきつかわれてやりたいこともできやしない。まさにラ・フォンテーヌの若いころだ。文学なんて、詩歌なんて、なんの役にもたちやしない。だけどセミの一声を聴いてしまったら、だれもが小躍りせずにはいられない。無用で上等。将来を投げすてて、無我夢中でおどりだす。歌をうたって?そりゃけっこうな。それじゃこんどはおどろうか。(P.263) - 2026年7月9日
兎の島エルビラ・ナバロ読み終わった「現実と地続きに現出する奇怪な歪み、底知れぬ不安と恐怖を、生理的嫌悪感を催すような濃密で冷たい筆致で描き切った、現代スペインホラー文芸の旗手による11篇の鮮烈な傑作怪奇幻想短篇集」 ビジネスホテルで住み込みの料理人として働く女性がホテルを訪れる他人の夢を見るようになる「最上階の部屋」が好き。 生活の解像度が高くて良い。 > わたしの親友がマトリード郊外のロブレドンドに別荘を持っていて、そこで結婚パーティーをしたらどうかと言ってくれた。一方、女の子だけ集まる偽バチェロレッテ・パーティーのほうは、みつばちマーヤのアンテナもペニス付きのティアラもなく、婚礼衣装を着たイスマエルとわたしの写真をプリントしたTシャツを揃えた程度だった。そうしてフォトショップのモンタージュ写真とルエダの白ワインでお祝いした。(P.183) みたいな全然わからないスペインの若者あるある(おそらく)も良い。 いくつかの短編の締め方が抜群にかっこいい。 - 2026年7月3日
暮らしの本おぼけん,ちえちひろ,ひらいめぐみ,はしもとゆうき,三宅玲子,中前結花,丹治史彦,加藤木礼,北川史織,千葉智史,古賀及子,土門蘭,城下康明,大井実,大竹昭子,小坂章子,山村光春,島田潤一郎,戸倉江里,服部みれい,村上由鶴,林央子,永井玲衣,永野三智,浅野佳子,牟田都子,碇雪恵,福永あずさ,米村奈穂,豊嶋秀樹,酒井一途,関根愛,青木真兵,鯨本あつこ,黒田杏子読み終わった買った@ MINOU BOOKS福岡・吉井の本屋さんMINOU BOOKSが開店10周年の節目につくられた本。 書店店主、編集者、校正者、研究者、思想家、エッセイストなど……MINOU BOOKSに関わった35名が選ぶ「暮らしの本」。 前に伺ったのは開店してすぐの頃で、今回が二度め。電車の時間が迫っていて吟味の時間なく、このお店の本!ということで半ば記念的に買った。 つけていただいたブックカバー、吉井町が臨む耳納連山と筑後川の風景写真が美しい。 暮らしの本というテーマから勝手にちょっとゆるふわな印象を受けていたけれど、皆さんの選書がたいへん気骨に富んでいて読みたい本がたくさん増えてしまった。 巻末、関根愛さんが選ぶ一冊は『日本国憲法』。
- 2026年7月2日
ぼくには数字が風景に見えるダニエル・タメット,古屋美登里読み終わった『自然のものはただ育つ』で > 『ぼくには数字が風景に見える』が、ジェームズの世界の感じ方をとらえている唯一の本かもしれない、と本人が言っていることを伝えられずに終わった(私の記憶では、ジェームズが私にやや一目置いたのは、ダニエル・タメットと同じフェスティバルに出たと話したときだけだった)。(P.117) と触れられていた本。サヴァン症候群でありアスペルガー症候群であり、セクシャルマイノリティでもある著者の自伝。 リトアニアのくだりと、円周率の暗唱のくだりが好き。 一般に共感されにくい(と成長過程で著者自身も理解しているだろう)特性由来の細かなこだわりなどについて、あくまで素朴に忖度なく描写しているところも良い。 - 2026年6月25日
夕暮れに夜明けの歌を奈倉有里読み終わった「ロシアは今、どうなっているのか。 高校卒業後、単身ロシアに渡り、日本人として初めてロシア国立ゴーリキー文学大学を卒業した筆者が、テロ・貧富・宗教により分断が進み、状況が激変していくロシアのリアルを活写する。」 著者の大学生活とその前後を中心に、具体的なエピソードを多く引きながらロシア文学とロシア社会、さらに広く文学と社会についてが語られる。 もしロシア情勢を学びたいと思わなくても、文学に関心がある人、アカデミアに関心がある人、人生を感じられるエッセイが好きな人、皆がのめり込める本だと思う。 最後まで読んで泣いた…… - 2026年6月19日
救出の距離サマンタ・シュウェブリン,宮崎真紀読み終わったスパニッシュホラーが好きなのかもと思って読んでみた。さくっと読めて面白い。 このシリーズの装丁がかっこ良すぎる。 宮﨑真紀さんの翻訳も好きみたい。 - 2026年6月16日
生き物の死なせ方渡邉悟史読み終わった買った徹底的な注釈と気圧される量の参考文献。迸る著者の真摯さに相応しい誠実さを持てているだろうかとあっぷあっぷ息継ぎを挟みながら読み、読み終えた後も「読み終えた」と言い切れないような感覚でいる。 私のような素人読者を極力振り落とさない努力も随所にされている(著者の言う「困惑という振動」を増幅させるためにもきっとそれが必要だ)。 「アカミミガメは積み重なって死ぬ」 「交雑オオサンショウウオは廃校のプールで死ぬ」 「猫の死は公開される」 「この虫が滅びるならば、せめてこの手で」 「ヤマビルを殺す手ごたえ」 各章タイトルの強烈な吸引力。 - 2026年6月14日
女二人のニューギニア有吉佐和子読み終わった1960年代に書かれているすごさ。 価値観のギャップはもちろんあるのだけど、概ね2000年くらいに書かれたものに感じるギャップな気がする。 女二人の互いへの忖度が極めて薄く面白い。 - 2026年6月11日
増補版 ガザとは何か岡真理読み終わった「こっちはこう言うしあっちはああ言う。とにかくややこしい問題らしいし、自分には何が正しいか判断できない。間違ったことは言いたくないし、何も言わないでおこう」は“少なくとも間違いではないベターな態度”ではない。 「暴力の連鎖」「報復の連鎖」と言われているし、どっちもどっちなんじゃないの? 宗教絡みの話なら下手に首は突っ込みにくい。 そもそもは何が問題の根源なの? 今、何が起こってる? ガザを、パレスチナを支援したくなったとき、どうすればいい? アメリカはこんなことになってまでどうしてイスラエルを支持し続けるの? 疑問や興味のスタート地点がどこからでも読者を置いていかない、「最初の一冊」に相応しい内容。 - 2026年6月10日
ワンルームから宇宙をのぞく久保勇貴読み終わった桁違いに頭のいい人が書いたわかりやすいエッセイ。 日常や人生について語る部分にはところどころ、噛み砕くにしてもさすがに……!というほど幼い印象の文章があって少し戸惑うのだけど、科学に言及する部分はとても面白く読みやすい。 素人に宇宙科学のことをわかりやすく伝えるのって、しゃがみ込んで背中を丸めて小さい子と目を合わせるくらいのことなのかもしれないなと思ったりする。 あとがきに「本を読むのが苦手」「せめて自分の作る本は、読む人との距離が遠くならないように作りたかった」ともあるので、意識的に極めて平易に書かれているんだろう。 - 2026年6月7日
物語ることの反撃リフアト・アルアライール,岡真理,藤井光読み終わった買った編者のリフアト・アルアライールは現代パレスチナを代表する詩人。ガザ・イスラーム大学で世界文学と文芸創作を教え、若い世代の抵抗手段として執筆の力を醸成することに力を尽くしたが、2023年、44歳の若さでイスラエルの空爆により殺されてしまった。ガザの代表的な知識人、学者、科学者は積極的に標的とされ殺害されている。 本書はリフアト・アルアライールとともに、彼の学生や指導を受けた人たちが英語で書いた(そしてリフアト本人も短編を三つ寄せた)短編小説アンソロジーである。英語力に優れた若い世代が、翻訳などの媒介や時間的な隔たりなく、直接英語圏に自らの言葉を届けられることには大きな意味があった。初版は2013年刊行。そして2023年の暗殺を受け、この『追悼版』が製作された。死の前の編者の活動や現在のガザの状況についても文章が追加されており、”今”わたしたちが暮らす世界を物語る本として読むことができる。 各小説の書き手を紹介する「作者たち」のセクションも充実しており、追悼版の発行にあたっては2024年現在の彼らの言葉が新たに寄せられている。しかしリフアトを除く14名の作家のうち6名とは連絡が取れず、彼らのパートには2013年版の文章がそのまま掲載されている。6名全員か、あるいはほとんどがガザで動けなくなっているか、最悪の場合は既に亡くなっているのではないかとのこと。パレスチナが置かれ続けるあまりに苛烈な状況が窺える。 物語の多くには市井の人々が直面する、想像も及ばないほど過酷な暮らしが綴られる。編者による序文にはこのように書かれている。 >短編の多くは、人の死や死んでいく人に満ちているという読者もいるかもしれない。その特徴は否定しようがない。人生のかなりの部分を、死を目の当たりにして生きてきた世代から、ほかに何を期待できるというのか。占領によって、パレスチナ人の大半にとって死は日常的に目にするものになってしまった。それでも、死という表面の下には、生きることへのこだわりや、生きようとする決意がある。これらの短編の行間には、生き延びようという思いがあるのだ。書くというまさにそのことが、よりよい人生を求める書き手たちの希望を伝えている。(P.36) 遠い戦争と日本にいる私たちを、あくまでの現代の若者の、手が届きそうに身近な生活の手触りが結びつける。 >「レポートをプリントアウトしておかなかったなんて、イスラエルのせいなのか自分のせいなのかわからない」と、ライラーは苦悩してぶつぶつ言った。「おじさんのせいにしようかな、発電機用の燃料を持ってくるのを忘れてたんだから!」彼女は歩調を速めて、部屋を行ったり来たりしつつ、不安にじわじわ襲われていた。「電力の供給スケジュールを信じて、こうなることを予測しておかなかったわたしがばかだった。二日連続で電気が通じてるのは、珍しく向こうが優しいからじゃないってわかってたはずなのに。イスラエルに高いつけを払わされるってわかってたはずなのに!」(P.110) 大学のレポートが印刷できない。理由さえ違えば隣の家でも発生していそうなトラブルから始まるこの短編のタイトルは「撃つときはちゃんと殺して」だ。比喩でも何でもなく、彼女はこの言葉を言わずにはおれない事態に見舞われる。 暴力の予感、暴力の爪痕、暴力の瞬間、直接的な暴力、間接的な暴力、非日常の暴力、日常の暴力。 同じくある意味身近な問題を描いた「ガザで歯が痛い」なども印象的だった。読みやすいという言葉は相応しくないかもしれないが、作品の中にはごく短いものも多く、若い人たちがその手にある言葉を使い、各々の痛切な祈りを携えて書いた文章は難解でなく読み進めやすい。 >本書に収録された個々の作品から、ガザの現実とそこで生きること──あるいは死ぬこと──を強いられているパレスチナ人の物語を汲み取ろうとするならば、若者たちの作品はまだ、文学作品として成熟の域に達してはいない。だが、本書の意義とは、その成り立ちから、二〇二四年版に追加された作者たち自身によるプロフィールの加筆まで含めて、それ自体がガザのパレスチナ人の根源的な抵抗の表現となっていることにある。本書は、パレスチナ人の物語を物語ることが、文学が、ペンが、ガザにおける文化的営為が、そして、若者たちにパレスチナ人のいまだ書かれざる物語を語るという使命を託すことが、「パレスチナ人などというものは存在しない」と言い放ったイスラエル第五代首相ゴルダ・メイールのことばを現実のものとすべく現在進行形で遂行されているジェノサイド、パレスチナ人という歴史的存在そのものを地上から抹消しようとするこのジェノサイドに対する、紛れもない抵抗であることを証言している。 二〇二四年春、二度にわたりガザに入り、現地の、強制収容所ということばでも足りない、もはや表現することばもない状況に接した在米のパレスチナ人英語作家のスーザン・アブルハワーは、今、ガザの人々の抵抗の力を称揚することもまた、彼らを非人間化することだと言う。こんな状況を耐えられる人間など誰もいないと言って。それからさらに半年が過ぎた。人間には耐えられない状況を彼らが依然、耐え忍んでいるのだとしたら、それを強いているのは、この紛れもないジェノサイドを止めることができないでいる私たちだ。それでもなお彼らは、ガザの中から、外から、ガザについて書き続けている。タンクの壁を叩き続けている。世界から必ずや応答があると危じて。(P.263) - 2026年6月5日
肉は美しアグスティナ・バステリカ,宮崎真紀読み終わった読みやすくて一気に読んだ。 人肉食が合法化された世界、大手食肉工場の幹部だがプライベートは困難続きの俺の自宅へ食肉用の美しいメスが送られてきて……。 別居中の妻、かつて関係を持った精肉店の冷徹な女店主、職場の秘書にもモテモテで俺の人生、どうなっちゃうの〜!? という(一面を切り取った要約です)成人向け同人誌みたいな話(作者は女性)なんだけれども、細部の掘り下げによって面白い。各場面のロケーションも上手いと思う。工場、精肉店、研究所、廃動物園、老人ホーム……それぞれが舞台としての魅力に溢れている。 同情すべき、肩入れすべき人物として描かれていたはずの主人公が途中からクソカスの挙動をし始めるので戸惑ったが、最後には全部織り込み済みですね〜納得!となれる。 作者の新作も邦訳されますように。 - 2026年6月5日
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