
ゆい
@no1sin
- 2026年8月31日
ストーナージョン・ウィリアムズ,東江一紀読み終わった>スローンが身を乗り出し、その顔が間近に迫った。細長い顔に刻まれたしわのきつい線がゆるみ、からかいぎみの乾いた声が柔らかな潤いを帯びる。 「わからないのかね、ストーナー君?まだ自分というものを理解していないのか?きみは教師になるのだよ」(P.22) - 2026年8月29日
完全版 チェルノブイリの祈りスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ,松本妙子読み終わった> 移住させられた村々のそばに監視塔が立ち、塔のうえには銃をもった兵士たち。実弾入りの自動小銃だ。遮断機がある。標識が立っている。「路肩は汚染されている。進入および駐車厳禁」。除染液にまみれた白っぽい灰色の木。雪のように白い液体。すぐに頭がおかしくなった!最初の数日、ぼくたちは地面や草のうえにすわるのが恐ろしかった。歩くのではなく、走った、車が通り過ぎるとすぐに防毒マスクをかぶった。交代後はテントのなかでじっとしていた。はっはっは!それが二、三か月後には……もうなにかふつうのこと、もう自分の生活なんです。スモモをもいだり、引き網で魚をとったりした。カワカマスがすげえーの!ブリーム(コイ科)もいた。ブリームはビールのつまみ用に干した。この手の話は、きっともう聞いておられますよね。サッカーをした。川で泳いだ!はっはっは!(ふたたびわらう)運命を肩じていた。心の奥じゃぼくたちはみんな運命論者なんです、薬剤師じゃない。合理主義者じゃない。スラブ的メンタリティー……。自分の星をじていたんですよ。はっはっは!二級障害者です……。すぐに発病した。クソいまいましい「放射線病」……。もちろん……。ぼくにはそれまで診療所にカルテすらなかったんです。ま、いっか!ぼくだけじゃない……。メンタリティーなんだ……。(P.296) - 2026年8月29日
完全版 チェルノブイリの祈りスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ,松本妙子読み終わった>そうそう、こんなことも……。わたしたちはバスのなか。泣いていた。最前列の席の男性が、おくさんを大声でしかっていたんです。「このバカもん!みんなはなにか荷物を持ってきてんだぞ、おれたちときたらからっぽの三リットルびんかよ」。おくさんは、バスで行くのなら、途中で母親に酢漬け用のあきびんを渡そうと思ったんです。ふたりのそばには、ずんぐりしたばかでかい網袋がいくつか置かれていて、わたしたちは道中ずっとそれにつまずいていました。彼らはそのまま、びんといっしょにキエフに到着したのです。(P.252) - 2026年8月29日
完全版 チェルノブイリの祈りスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ,松本妙子読み終わった> この人たちはもういません。身分証明書だけがぼくたちの博物館にある。名前が……。しかし、もし彼らがこの仕事をやらなかったらどうですか。ぼくたちは、わが身を犠牲にする覚悟ができている.....。この点において、ぼくたちの右にでる者はだれもいない……。 じつは、ある男と議論したことがあって……。彼の言い分はこうでした。これは、わが国では命の価値がきわめて低いことと関係している。アジア的運命論だ。自分を犠牲にする人間は、自分が、もう二度とあらわれることのない唯一無二の比類なき個だということを感じていない。役割に焦がれている。かつて彼はせりふのない人間だった、端役だった。彼には筋書がなかった、背景だった。ところが、ここにきて彼は突如主役におどりでた。意義に焦がれている。わが国のプロパガンダとはいったいなにかね。わが国のイデオロギーとは。命を捧げよ、そのかわりに意義を得よ。たたえられる。役が与えられる!その死には大きな価値がある、死とひきかえの永遠だからね。彼はぼくを説得しようとした。いくつか例をあげて……。しかし、同意するもんか!ぜったいに!(P.226) - 2026年8月21日
背表紙の学校奈倉有里読み終わった>夕方になっても私は木の上から降りようとせず、父が「もうご飯だから降りておいで、降りてこないと玄関の鍵を閉めちゃうよ」と呼んでいる。一度はそう言われてしぶしぶ降りたが、悔しいので二度とそんな脅しに屈してたまるかと、次のときは家の鍵をポケットに入れて木に登った。夕方になって父が懲りずに同じことを言って呼びにきたので、「もってきたもん!」とポケットから鍵を出して見せびらかすと、父は「そりゃあやられた!」と大笑いした。家に帰ってからもまるで私がものすごい偉業を成し遂げたみたいに「このまえ僕が『鍵を閉めるよ』って言ったもんだから、こんどは鍵を持って木に登ったんだって」と母に報告し、「いやあ、まいったまいった」と楽しそうに笑っている。 ふだんから大人があまり笑わないことに不満を抱いている子供にとって、大人が本気で笑うのは紛れもない大事件だ。生きていることを肯定されたような心持ちになって、「やっぱり大人って、もっと笑えばいいのに」と感じる。(P.195) - 2026年8月21日
背表紙の学校奈倉有里読み終わった> 無関心という 復讐はするな 憎しみは 僕らを破壊する けれども まだ救える 僕らがどちらも 生きていれば 思いだす。あれは新世紀の停滞とも呼ばれていた時代だった。鬱屈としたなにかを感じながらも、みんな決して、なにもしなかったわけではなかった。暴走する政権をどうしたら止められるか、意見を表明したら仕事をクビになるんじゃないか、この社会で子供を育てられるか、身近な周囲の人々と諍いを避けて生きていけるかといった課題が渾然一体となって、「賢く」あろうとした人々に降りかかっていた。けれども政治に抗っても報われない年月が続けば、そんな政治に対する苛立ちを「無関心」で返すほかの道が見つけづらくなる。その果ての残酷な展開に「憎しみ」が根をはろうとする。選挙の不正に抗する市民運動とその弾圧を経て、それまではまだどうにかなっていた市民の対立と決裂が決定的になるのは、五年後、クリミア併合の二〇一四年だ。だから、「まだ救え」たはずだ。でも、どうしたら……? 私は、十五年の時間を戻そうという無謀な試みをしたいわけではない。ただ、この世界にはいまたくさんの「まだ救える」はずの(けれどもとてつもなく危うい)現状がある。それは、私たちのすぐ身近にもある。私たちはそれをわかっていながらあのころのロシア市民のように、停滞のなかで未来を探っている。だから、どうしたらあのころのロシア社会を戦争に突き進む道から救えたのかを考えるのは、断じて無駄なことではない。(P.82) - 2026年8月21日
こうしてあなたたちは時間戦争に負けるアマル・エル=モフタール,マックス・グラッドストーン,山田和子,川名潤読み終わった>神々と子供たちを先頭に、アトランティス人たちは船に乗り込んでいく。大地が揺れ、空が燃える中、最も勇敢な者も、ひとつのことだけに打ち込んできた者も、それぞれの仕事をあとに残したまま島を離れる。ノートも計算式も新しいエンジンも置き去りにされる。船で運ばれるのは住民とアートだけ。新たな数学理論を記したノートは焼け、エンジンは融け、アーチは崩れ落ちて魅となる。 もっとおぞましいアトランティスはいくらでもある。それらに比べれば、この島は取り立ててどうということもない。クリスタルもなければ、飛翔する車も、完璧な政府も、サイキックパワーもない(最後の二つは、いずれにしても存在しない)。それでもなお、あの男性は、通常の平均よりも六世紀も早く、蒸気-風車エンジンを作ったし、こちらの女性は、理性とエクスタティックな瞑想を通して、みずからの数学理論にとって“0”の持つ意義をはっきりと認知した。この羊飼いは、支柱なしのアーチ構造を自分の家の壁に取り入れた。どれもみな、ごくささやかなもので、アイデアも基本的なレベルにとどまっていたから、特に有用なものとは見えない。この地で、それらの価値がわかっている者はいない。しかし、この島が消えてしまいさえしなければ、どこかの誰かが通常の歴史より何世紀か早く、それらの意義に気づいて、世界を根本から変えてしまう可能性もあるのだ。(P.64) - 2026年8月15日
せんそうって八木咲,永井玲衣読み終わった買った終戦記念日に >「戦争を知らない世代」とよく言われる。「戦争を知らない子供たち」という歌もある。それを不遜にもひっくり返してみる。すると「せんそうを知っているわたしたち」がたち現れてくる。 過去に起こったことも、いま起こっていることも、起こりつつあることも、本当は、わたしたちは知っている。そこから、はじめなければならない。(P.16) - 2026年8月14日
そいつはほんとに敵なのか碇雪恵読み終わった買った自分と真逆の政治主張を持つ人と、少なくとも一定期間仲良くしなければならない、という状況に陥ったので読んだ。 > 簡単にこの動画のことを説明すると、冒頭は東さんがひとりでお酒を飲みながらいろんなメディアの選挙報道を観て話すという趣旨で進むのだが、開始して三時間が経過したころ、「乱入歓迎!」のテロップが表れる。生配信を観ている人たちに、五反田のオフィスに来て一緒に話そうと呼びかけ始めたのだ。実際にひとりふたりとゲンロンにやって来て、東さんは甲斐甲斐しく彼ら(動画に登場するのは一人を除いて外見上男性だったので、その点について批判する声もあった)にお酒を振る舞いながら、今回の参院選で投票した政党や職業などを尋ねていく。新しい人が登場するたび、「自民党に入れました」とか「再生の道です」などと支持政党を発表するのだが、それまでにいなかった政党の支持者が現れると拍手で盛り上がるのがおもしろくて、参政党支持者が現れた時は特に沸いていた。単にバカにした沸き方ではないように感じた。 その時点でもかなりおもしろいのだが、彼らが一人ひとり結構な時間を割いて、その党に投票した理由を話しているのもとてもよかった。さらに踏み込んで自分の出身地や出身校を話す人もいたし、抱えているコンプレックスが見えてくる瞬間もあった。それぞれの抱えるのっぴきならない事情やつらさ、困りごとが垣間見えて、そういうことと、どんな政党を選ぶのかはつながっていると思った。 その動画でわたしが観たものは、身の回りではなかなか起き得ないことだ。違う政党を支持する人たちがこんなふうに友好的に、ユーモアを交えながら一堂に会することができるのか。その光景に、そこにいない自分まで希望を分けてもらった気がした。(P.119) - 2026年8月9日
パプリカ筒井康隆気になる - 2026年8月9日
野生の暗き岸辺 (小学館文庫)シャーロット・マコーナギー気になる - 2026年8月9日
絶滅しそうな世界の文字ティム・ブルックス,黒輪篤嗣気になる - 2026年8月9日
韓国怪物大全クァク・ジェシク,朴美暻,高松彩乃気になる - 2026年8月9日
鬱の本点滅社編集部気になる - 2026年8月7日
フォンターネ 山小屋の生活パオロ・コニェッティ,関口英子読み終わった>早くから父親の許で石積み職人として鍛えられたらしい。学校よりも現場のほうを好み、内省的な性格だった彼は、あるとき深刻な己の限界に気づいた。知っている語彙では自分の思いを表現しきれなかったのだ。 それを聞いて僕は立ち止まった。ほかには誰もいない八月末の森を二人で歩いていたときのことだ。どういうことだ?好奇心を掻き立てられた僕は訊き返した。つまりだな、レミージョが説明した。俺はずっと方言しか話してこなかった。方言ってものはな、土地や道具、作業、家屋の部分、植物や動物に関しては厳密で豊かな語彙があるのに、感情を表現しようとすると、たちまち貧困で曖味になっちまうのさ。そして、こう僕に尋ね返した。悲しいとき、方言でなんて言うか知ってるか? 「長く感じる」って言うんだ。要するに時間の経過のことだ。悲しいときには時間がちっとも過ぎないように感じるだろ? だがな、郷愁で心が痛むときだろうが、独りぼっちで寂しいときだろうが、自分の人生に嫌気が差したときだろうが、そう表現するしかないんだ……。結局レミージョは、その言葉だけでは満足できず、自分の気持ちを表現するには新しい語棄が必要だと思い立ち、それを本の頁に求めるようになった。そうしてむさぼるように本を読んだ。自分のことを語っている言葉を探すために。(P.126) - 2026年8月7日
寝煙草の危険マリアーナ・エンリケス,宮﨑真紀読み終わった>私が求めているのはポルノだ。ヘレンや『ヴェニスに死す』のタッジオやイッポリートみたいな病人はエロティックで、何か訴えるものがある。そしていつも脇役だった。イッポリートは理想的だ。美しく(ドストエフスキーはわざわざムイシュキン侯爵に「とてもきれいな顔をしている」と言わせていて、私は体がぶるっと展えたものだった)、うら若く、明らかに瀕死で、一途で脆く、ひねくれ者だ。でもしゃべりすぎるくせに、めったに気を失わないし、顔の青白さや汗、咳の描写に私もさすがに辟易した。もっとデータが、明白なエロスが欲しかった。書物のほうがありがたいし、自分が何フェチなのか数え上げるのに役立つ。神経の病気は素通りする。つまり痙攣だとか知的障害だとか麻痺だとかは好みでなく、神経系には明らかに興味が持てない。なぜか腫瘍はどんな種類のものにも目が向かない。癌は汚らしく感じ、社会的に買いかぶられすぎていると思うし、少々俗悪だ(あの奥さん、癌なんですって、と老婦人たちは言った……しかも本人には適当にごまかしてるらしいわ!)。主人公が癌を患う映画も多すぎる(病気の主人公は、"世の鑑”みたいなキャラクターでなければ好きだ)。腎臓病は本当に品がない。腎臓が機能していなければ死ぬのは当然だが、私にはどうでもいいことだ。だって、”腎臓"という言葉自体、なんだか醜悪だ。消化器系みたいな不潔なものは、言うに及ばず。君が何を好むか、何が私をとらえて離さないか、はっきりしている。そして、自分の専門分野がいざわかると、それだけに集中した。私が好きなのは肺の病気(ヘレンやイッポリートほか、そうしたフィクションの結核患者の影響なのは間違いない)と心臓病だ。心臓については無粋な側面もあるが、それは相手が老人(あるいは、コレステロールみたいな困った要素が幅を利かせ始める五十代以降の中年)の場合だけだ。若い病人なら……とても優美だ。まず、一般に、自分でなかなか病気だと気づかない。もし美男美女なら、それはある種ひそかに傷ついている美しさということだ。またほかの病気では余命が読める場合が多いが、心臓病の場合、患者はいつ死ぬかわからない。(P.136) - 2026年8月7日
寝煙草の危険マリアーナ・エンリケス,宮﨑真紀読み終わった>今も懐かしい。背中を撫でる手、エリナの強いこだわりを笑う声、彼女をなだめようとする無駄な努力、長風呂ぶり、本当のところ食べるのがあまり好きじゃないこと、彼の腰骨、手を動かしながらしゃべる姿。また彼の写真を見られるようになりたいし、エリナより猫ばかり気にかける彼にまた焼きもちをやきたいし、日差しがあるときにはいつもサングラスをかける彼と散歩をしたいし、明け方の電話が恋しいし、寝顔を眺めたいし、よく黙りこくるけれど、あんまり長いこと黙りこくられるとこちらはいらいらしたものだったし、朝になると行かないでとすがりつき、二時間後には帰ってくるとわかっているのに行ってしまうと泣きわめき、彼女のほうはけっして、そう、けっしてそんなふうに何も知らせず、挨拶もなく、無下に彼を置いて出ていったりしやしないのに、だけどもし彼が死んでいたらどうなるかはわからない、彼が死んでいる可能性はある、だって彼の消息を誰も知らないのだから、私に教えないようにしていたのならいざ知らず、だけど隠したりするものかしら、食事も喉を通らずに血を吐くのを見、カバーが裂けるまで枕を噛むのを見、悲嘆に暮れ、酔いつぶれ、メールが来るのを何時間も待って画面を睨み続けるうちに頭ががんがんし目が赤く充血しキーボードに突っ伏して泣くのを見、電話が来るのを待って一歩も外に出ないのを見ていたのに。そして、ありとあらゆるくだらない慰めの言葉に、私がふざけるなと怒鳴るのを聞いていたのに。前に進まなきゃ得るは捨つるにありそれでも人生は続くんだまずはセックスすべきだ男は星の数ほどいるさ君は美人なんだから踊りに行こう誰か紹介するよ。(P.116) - 2026年7月31日
ロシア文学の教室奈倉有里読み終わった>「で、それが『人は誰でも自分を肯定したいし、自分を人に誇れるように人生観を作るものなんだ』っていう説明で、ぜんぶつながるんだ。さっき枚下先生が言ってた、祈禱の料金を喜んで出すのが真の信仰だなんていうふざけた思い込みが司祭の頭のなかで成立しちゃうのも、裁判官たちがろくに罪もない少年をつかまえて、どう考えても子供をこき使ってきた社会のほうがずっと悪いのに偉そうに裁いたり罰を与えたりして平然としてるのも、大人たちがみんな自分の立場や特権を正当化しなきゃやってらんないからなんだよな」(P.352) - 2026年7月31日
ロシア文学の教室奈倉有里読み終わった> 「はい、それはこの小説の本質的なところであり、こういうタイプの小説の内包する問題でもあります。たとえばジャック・ロンドンの『ジョン・バーリコーン』という小説は、自身も子供のときから酒とつきあわざるをえなかったロンドンが酒との闘いを書いた作品で、禁酒キャンペーンにも利用されましたが、読めばどうしたって酒が飲みたくなる。ウィリアム・スタイロンの『見える暗闇』は鬱病を描いた自伝ですが、やはり読んでいるうちに一度は、自分のなかにある『鬱』に共鳴する要素を解き放ち、増幅させてみたいような気になってくる。人の陥る闇や苦悩や病にはどこか魅惑的なところがあり、作者がそれを内側からわかっていればいるほど、小説はその魅惑の部分もおおいに描きだしてしまうわけです。(P.173) - 2026年7月31日
ロシア文学の教室奈倉有里読み終わった>社会を良くしようとする精力的な人々の考えが社会の目指すところと一致して改革が進む時代があり、その社会改革の動向が継続されているゆるやかで緩慢な時代があり、そしてもうひとつ、暴力や虚や残虐が露呈し人間の尊厳の喪失が大多数の人々の一般的な行動規範となる恐ろしい時代というものもある……。(P.109)
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