
Chico
@chico415wabu
2026年6月10日
星になっても
岩内章太郎
読み始めた
読み始めたんだけど、父の命日が間もなくやってくるのもあって、当時を思い出してべそべそした。読むの時間かかるかもしれないな、と思いここに追記していく形で感じたことを残したい。
手に取ったのは帯の言葉。甥と重ねてしまい、もし聞かれても私も答えられないな。いまも。
もう3年経つけど、まだふと「話したいなぁ」でももういないんだよなぁとなる瞬間があるんだよねぇ。いつまで経ってもさみしさってあるんだなぁ。
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「もうすぐ死ぬことが分かっている人に会いに行くのは、そんなに楽なことではない。
父にたくさん会うことができる、ということは、その分だけ父の現状を思い知らされ、最後になるかもしれない別れを経験しなければならない、ということである。」(p.52)
たしかに...そう。私の場合だんだん死期が近くなるのって職業柄分かってしまうので、本当に最後の方は一旦家に帰るのも辛かったなぁ。家にはうさぎがいるから空けられないので帰っていたけど、それでもあれが最後になるかもしれないって辛かったな...
「何を思ったのか父の遺影も運ばれてきて、カバやフクロウの置物と一緒に並べられている。星になった父は「仲間たち」に加えられたらしい。私は一応、「何してるの、そんなところにじいじの写真を置いて」と笑いながら注意したのだが、「こうすれば、じいじもさみしくない」などと言ってくるものだから、何となくそのままにした方がいい気になる。
たしかに遺影の父、仏飯器やりんの横に置かれているときには、ザ・故人という感じの顔に見えたのだが、「仲間たち」に囲まれていると、賑やかで楽しそうに笑って見える。」(p.60)
私の家にある父の遺影の周りも、私が集めたガチャガチャのフィギュアやレゴなどに囲まれており、さらに遺影の写真は父がお祭り大好きだったから、お祭りの真っ赤な鯉口を着て笑ってるやつなんです。にぎやかで良いでしょう!と思って周りの置物もだんだん増えているんだけど、このまま貫こうと思いました(笑
...今日はSW映画観にいったんだけど、母はSWの話が通じないから映画館でたあと、お父さ〜〜ん!!話したいよ!!!の気持ちだった。(日記になっちゃった)


