星になっても
53件の記録
Chico@chico415wabu2026年6月10日読み始めた読み始めたんだけど、父の命日が間もなくやってくるのもあって、当時を思い出してべそべそした。読むの時間かかるかもしれないな、と思いここに追記していく形で感じたことを残したい。 手に取ったのは帯の言葉。甥と重ねてしまい、もし聞かれても私も答えられないな。いまも。 もう3年経つけど、まだふと「話したいなぁ」でももういないんだよなぁとなる瞬間があるんだよねぇ。いつまで経ってもさみしさってあるんだなぁ。 ******** 「もうすぐ死ぬことが分かっている人に会いに行くのは、そんなに楽なことではない。 父にたくさん会うことができる、ということは、その分だけ父の現状を思い知らされ、最後になるかもしれない別れを経験しなければならない、ということである。」(p.52) たしかに...そう。私の場合だんだん死期が近くなるのって職業柄分かってしまうので、本当に最後の方は一旦家に帰るのも辛かったなぁ。家にはうさぎがいるから空けられないので帰っていたけど、それでもあれが最後になるかもしれないって辛かったな... 「何を思ったのか父の遺影も運ばれてきて、カバやフクロウの置物と一緒に並べられている。星になった父は「仲間たち」に加えられたらしい。私は一応、「何してるの、そんなところにじいじの写真を置いて」と笑いながら注意したのだが、「こうすれば、じいじもさみしくない」などと言ってくるものだから、何となくそのままにした方がいい気になる。 たしかに遺影の父、仏飯器やりんの横に置かれているときには、ザ・故人という感じの顔に見えたのだが、「仲間たち」に囲まれていると、賑やかで楽しそうに笑って見える。」(p.60) 私の家にある父の遺影の周りも、私が集めたガチャガチャのフィギュアやレゴなどに囲まれており、さらに遺影の写真は父がお祭り大好きだったから、お祭りの真っ赤な鯉口を着て笑ってるやつなんです。にぎやかで良いでしょう!と思って周りの置物もだんだん増えているんだけど、このまま貫こうと思いました(笑 ...今日はSW映画観にいったんだけど、母はSWの話が通じないから映画館でたあと、お父さ〜〜ん!!話したいよ!!!の気持ちだった。(日記になっちゃった)


いくえ@bookmin2026年5月27日読んでるもうすぐ母が亡くなって1年になるので、思い切って読み始めた。1年も経てば、あっという間に日常に戻ってしまう。5歳の息子に翻弄される日常に。 それなのに、この本を読み始めると生前の母のことがあれこれ思い出されて(元気なときも、亡くなる直前のときも)泣きそうになる。 まだまだ乗り越えられていないのだな、と思いかけて違うなとも同時に思う。母がいない寂しさがなくなる日は来ない。なんとか生きていくしかないのだ。 最後まで無事に読めるかどうか分からない。でも読みながら、母について思い出したことを書き留めておきたいとは思ってる。
おいなり@oinari-inaryanse2026年3月25日読み終わったエッセイにあまりない、ズーンと重い読後感があった。 父の死から、当たり前を喪失して、群像にエッセイを寄稿し、連載を始め、父や母や著者の家族と向き合う それは哲学者として、でもあるし、父の息子として、でもある 終盤の「15 母」は読んでて少し苦しかった 全て読み終わったあとに、父の訃報と向き合ったあとの文章を読むと、著者が一年でどれだけ向き合い方が変わったかがよくわかる 苦しさがそこにあった

チャトラビ@beekichi2026年1月12日買った読み終わった「ぽつんと死んでいる父を見て、それを可哀そうだとか言った親戚もいたらしいが、私は、死んだ後の孤独を、母に向かってとやかく言うのはナンセンスだと思う。むしろ、可哀そうなのは母の方だ。この世界には、あまりにも形式的で、自分勝手な言い分が多すぎる。誰が一番しんどいのかは一目瞭然なのに、その人に対して余計なことを言いたがる」p80 「かなしみが長引いた、という母の言葉は、よく分かる。かなしみが忙しさでごまかされると、生活の波に乗ることで心がちょっとは楽になる。しかし、自分の感情を直視していないので、それはどこまでも心の隅に残り続ける。そうして、かなしみが、いわば膿んでくる。その分だけ、治るのが遅くなる」p219 思い当たることばかりだ。涙を拭いたり大笑いしたりしながら読んだ。 この本を読めてよかった。
uni@uni_books2025年12月5日読み終わった死について、語ることがはばかられると思っていた。作者の岩内さんが、自身の父の死を見つめ、死について語ることを含めて経験を踏まえてそっと差し出してくれているようだった。ひつようなとき、また、読み返したい。

読書日和@miou-books2025年8月21日読み終わった哲学者の著者が、父の死をきっかけに書き綴った、喪失と回復の道のりを優しくたどるエッセイ。 10円玉をひつぎに入れて火葬する北海道の風習、「どうして人は死んじゃうんだろう」と言う3歳の息子、まだ小学生だった著者に大通公園でとうきびの粒に群がるハトを見て「あの鳩(はと)を幸せだと思うか」と聞く父―。父の死の直後からの出来事や生前のエピソードが具体的に描かれる。 人の死は誰にとっても避けられないことだけれど、どう受け止めて、どう回復していくのか。生きていく側にとっての大きなテーマだなと感じた。 通勤電車で読んでいて、何度か涙ぐんで焦りました…。 私自身はまだ両親が健在だけど、最近少しずつ老いを感じることも増えてきて、この本を読んで色々考えさせられた。 離れて暮らす中で、どれくらい会えるんだろうとか、どうやって自分の生活と両立させていくのかとか。 中でも特に心に残っているのは、まだお父様が元気だった頃、東京に出張で来た際に著者と弟にご飯を奢ってくれたという話。 さりげないけれど、子供の成長を誇りに思っていること、嬉しく感じている親目線があったかくて、忘れられないエピソードでした。
ドーナツ太郎@n__k_m2025年8月9日読み終わったかなしさを忘れたのではなく、かなしさが分解されて自分の体全体に行き渡って、かなしさと自分が一体化し、感受性も物の見方もなにもかもが変容してしまった、みたいなところすごいと思った そうだと思う


隅田川@202506282025年6月28日読み終わった@ 自宅229頁「ところが、いまの心境は、死は生の自然である、というもの。必然と自然。似ているが、その語感はちょっと違う。必ず死ななければならないという観念と、おのずから死にゆくものだという観念は、死を避けられないものとする点では同じである。ただ、前者には、死への抵抗の気分がどことなく伴うのに対し、後者にはそれがなく、生と死を一つのものとみなす心持がないだろうか。死は自然の事実にすぎない。それは、論理的なものというより、動物的なものだ。」

水曜日@wednesday2025年4月28日買った読み終わった胸がギュッとするけれど、とてもよかった。何度も読み返すことになりそう。 死は必然ではなく、自然である という言葉が深く残った。 書影はいつか追加されるのかしら〜




































