綾鷹 "叫び" 2026年5月31日

綾鷹
綾鷹
@ayataka
2026年5月31日
叫び
叫び
畠山丑雄
失恋により自暴自棄になっていた主人公の早野ひかる(大阪府茨木市在住・37歳)は、偶然出会った「先生」の思想に感化され、銅鐸作りを習い始める。郷土史を学ぶなかで、戦時中の茨木で阿片製造のために罌粟(けし)栽培に心血を注ぎ、1940年に中止された幻の「紀元2600年記念万博」を楽しみにしていた川又青年の存在を知る。 自らの「聖」として仰ぐ女性と令和の大阪・関西万博へ向かううち、早野は時代を超えて川又青年と対面。昭和と令和が繋がり、封印されていた様々な「叫び」が溢れ出す。 自分の虚しさを何か(先生や銅鐸、しおりさん、川又青年)で埋めようとする心境はわかるが、昔の万博チケットを取りに閉山中の鉱山に行ってからが飛躍しすぎているように感じてしまった。。 川又青年について知る中で、彼の叫びに共鳴しすぎてしまったということだろうか。。 関西弁の語り部分は独特で面白かったし、先生の「それやったらもうちょっと、人の痛みを想像できるようにならんとあかんぞ。さっきも言うたけどな、痛みちゅうもんは訳せへんねん。せやし見舞う側が痛んでる側に耳を傾けんことには何も始まらんねん」という言葉は心に残った。 ・歩きながら、早野はしばしば、もし目の前で道が二つに分かれ、一方の道はそのまま生が続いていくが、もう一方の道は死に繋がっていくとしたら、自分は後の道を行くことに何のさわりもないだろうと考えた。追い詰められているわけではなかった。確かに金はなく独り身のさみしさも感じていたが、だから死にたい、というところまで思いを鍛え上げていくほどのひたむきさや自惚れは、人なみに深刻な小説などを読んだりもした、もっと若い頃ですら持ち合わせていなかった。希死念慮というのともまた違う。そうではなくて、ただ右の道を行ってもいいし、左の道を行ってもいいという、それだけのことである。自らの命を手のひらで城素する、その軽さが、早野は愉快だった。 ・お前のような男はいくらでも見てきた。飽和した響きの中でも男の声ははっきりと聞こえた。お前は今、自分の軽さを持て余している。何をしようにもお前の中の天秤がいつまでも揺らいで、後先がつけられないでいる。それ自体は珍しいことではない。むしろありふれたことである。そのことがまたお前の存在を希釈する。それはお前が認める認めないにかかわりがない。そのことがお前の存在を無力にする。 お前が大洋の一滴であることに、お前自身はかかわりを持てない。そのようにしてお前はお前を見失う。お前が掬った水はお前の手のひらから零れていく。 ・男の指導は厳しかった。火を扱うから、というだけではない、金物を鍛え上げていくことそれ自体に上古より纏わりついてきた異怖や厳粛さのようなものが、教えるときにも滲み出るようだった。 「お前は漏れのひどい水道管や」と、妙な比喩で罵倒することもあった。 「においのあがってくる排水口や」というのもあった。 「誰も帰ってくることのない部屋を暖めている、灯油のストーブや」「お前は未だかつて誰にも愛されたことがないマスコットキャラクターや」「お前は酒れた貯水池や」「くずおれるのを待つ、空の革袋や」「今にも身を翻しそうな老化した橋 や」「石刷りのためのマスキングテープや」「お前はお前がいる場を不法に占拠している」「私はお前にお前の歴史からの立ち退きを命じる」「そうなればお前は透明になれる」「歴史になれる」「死者にも偉人にも畜生にもいちめんの花畑にも路傍の石にもなれる」 早野は男に教しく罵られ、自分を否定されるたび、こころが軽くなり、自分の車小さに慰謝を与えられた気がした。 ・「それおさまってます?」早野は眉をめたまま訊いた。「ていうか何でそんな急に痛い話するんですか」 「まだわからんのかお前は」先生は嘆息した。「わしが何で今ここでこうしてるか、 わかるやろ」 「痛風の発作でしょ」 「そうや。痛風がどんだけ痛いかわからんのはまあええ。せやけどその痛みを少しでも想像しようとしたか?挨拶するなり、自分のことばっかり話しよって、正直その態度は目に余んねん。そら恋が成るや成らざるやいうところで、女にばっかり気いとられとるのはわかる。お前ぐらいの年やったら健全なもんや。けどな、お前はわしの見舞いに来とるんやろ?」 「そうです」 「それやったらもうちょっと、人の痛みを想像できるようにならんとあかんぞ。さつきも言うたけどな、痛みちゅうもんは訳せへんねん。せやし見舞う側が痛んでる側に耳を傾けんことには何も始まらんねん」 耳に熱湯と痛風ではさすがに差があるのではないかと思ったが、早野はこれ以上説教を長引かせたくなかった。「すみません」
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