
pukka
@pukka_reads
2026年5月31日
読み終わった
切実なテーマの本。
内容は難しい部分もありつつ、著者の文章はのどごしが良い。
真理を探究することなく語り続け、自分が偶然性に開かれていることを認識し、私的な空間を確保しつつ、他者ともにある。
自分はリベラルな価値観を持ちつつ、「正義を振りかざす知識人」を何となく斜に構えて眺めてるところがあり、それは冷笑的な態度と言われればそれまでかもしれないが、そこから一歩先に行きたいなあ、と思った。
印象に残ったところ
p93
ジェノサイドに至る言語ゲームの過程が興味深い。侮蔑語を経由して心理的抵抗を減じる
p134,p144
アイデンティティに訴える論法は会話を止めてしまう
かつての改良主義的左翼が「われわれ」の中での再分配を問題としていたのに対して、新たな文化左翼は「われわれ」の外に置かれてしまっているマイノリティを念頭に、そのアイデンティティや差異を語る
p167
世界規模の危機が出没しだすと、知識人たちはきまって、大々的な知的改心(略)を採用する以外に助けとなるものはない、と申し立てる
必要なのはマジョリティとしての責任
疑問点
p63
リベラルとは、残酷さの回避を求める思想というシュクラーの定義。分かるような気がしつつ、バラバラな他者との間で残酷さを共通項にすることはできるのか、それもまた結論を求めない会話を続けるよりない、ということなのかな
p104
ローティはフィクションやジャーナリズムの分野に感情教育の可能性を見出したけど、みんながショート動画に夢中になって痛みの伴う現実から逃避するいま、他者の苦痛に関心を払い、それを伝える仕事に対価を払う人がどれくらいいるのか?まだフィクションの方が可能性が残っている気がした。
p162
自文化中心主義のくだりが、この本の中でどういう位置付け・意味なのか、読解力が追いつかなかった



