バラバラな世界で共に生きる
279件の記録
Magmel@magmel2026年5月23日買った読んでる発売日にタイトル買いした本。読みながらそういえば100分で名著でローティを紹介していた回の解説の方が著者だと気付いた。 「正しさ」によって他人を糾弾することから注意深く距離を取り、残酷さに対峙しながら会話を閉ざさないことをめざすローティの哲学をわかりやすくまとめている。終極の語彙という概念がキーワードなのかな。 さくさく読めていま3分の2くらい。
こうや@s2bump2026年5月22日読み終わった著者のことばが丁寧で、自然に頭へ入ってくる。 リチャード・ローティは、分断を生みやすい「本質」を求める伝統的哲学を批判した、いわばアンチ哲学の哲学者だといえる。 ローティが語るアイロニーは、世界の記述がつねに訂正可能であるという前提に立つ、多元性と懐疑心にもとづく態度。自分の語彙を絶対化せず、改訂に開く姿勢。 『海辺のカフカ』で大島さんが話していた「アイロニー」と通じる部分があるんじゃないかな。

本屋lighthouse@books-lighthouse2026年5月21日読み終わった仲西森奈『ホームページ』彼が少なくとも初期に重視した「会話」とは、ことば、それもロゴスをともなった有意味で明晰なことばを介して、ひとびとが意思疎通したり、合意形成したりする営みのさらに手前、同じ時と空間に身体をもった他者がいるときのふるまい全般にかかわってくる概念であると考えたほうが、その射程は広がるのではないかと思います。(p.192-193) 前著の時点で朱さんを通して語られるローティまたはロールズなどの哲学にあるユートピア性=ユートピアは辿り着けない場所であるからこそそこを目指しているときにだけ「どこかに」存在している、という感覚との相性がよく、その前提をもとに主張の軸である「会話をつづけること」について読むことになるから、人文書にしてはめずらしくわかりみがふかい〜となりながら読める1冊だった。でもわからなくてもいいし、わからなくても「共にある」ことはできる、というかそうでなくてはならない。それが「会話」をつづけるということだ。 そのような点で、本書は仲西森奈『ホームページ』と似たなにかを持つと感じた。あるいは、ローティの主張する「会話を続けること」の実践を本の中で、あるいは物語の中でおこなっているのが『ホームページ』とも言えるだろうか。仲西さんの小説は登場人物たちのおしゃべりの場面が魅力的なんだよな〜、と思っていた理由もここにあるのかもしれない。









- ゆるふ@yuruF2026年5月18日読み終わった公共的な領域(トロツキーを信奉すること)と私的な領域(野生の蘭を愛でること)をどのように統合したら良いか?という問いを抱えた少年ローティが、両者を区別することこそが重要だと気付く物語に、私自身も救われる思いがした。残酷さを減らすという目標に向かって連帯する、われわれを拡張する、というアイデアは分断の時代にこそ響くものがある。分かり合えない他者に対して、まずは「会話」する(身体をもって時空間を共にする)ことから始めよう。


ブックスエコーロケーション@books-echolocation2026年5月18日新刊入荷@ ブックスエコーロケーションブックスエコーロケーション、5月18日(月)open。11‐19時。ご来店お待ちしてます。 朱喜哲『バラバラな世界で共に生きる リチャード・ローティの哲学』NHK出版新書 わかりあえない他者を、敵にしないために。〈正しさ〉で殴りあう世の中で、「会話」の可能性を問いなおす。






冬瓜@togan0002026年5月17日読み終わったいっきに読んだ! 私も(は?)権威主義は嫌だな(なぜなら中心と周縁という線引きを強化していき、周縁側にいくほど苦しくなる、この本的にいうと残酷さが色濃くなるから)と思いながらも、権威的なもの(客観的と言われることや、広く認められた根拠があるものなど)に安心感を覚えることもある。「正しい」ほうにいて、誰からも糾弾されず安心したい気持ちもある。 みたいなそういう感情を持ったひとりたちがたくさんいる社会なのだから、そりゃ一刀両断できないというか、キレイにすっきり割り切ることはできなくて、自分も他者たちもお互いに見やりながら言葉を交わしていく必要があるよなと思いました。 ほんでもやっぱり、残酷さは減らしていきたいなと、そのためにウンウン唸りながら生きていきたいなとも思いました。


はぴ@happy-reads2026年5月16日買ったタイトルと表紙から、エッセイかと思ってたけど、ローティの哲学紹介なのかな?? ローティって「ななが正しいか、ではなく、正しいものはなんなのか、対話し続けることにこそ意味がある」って主張の人だったっけ。具体的に彼の哲学に触れたことないから、これが初めてだ!
JUMPEI AMANO@Amanong22026年5月15日まだ読んでる@ 電車〈「必然的な本質を共有しているわれわれだから、わかるはずだ」ではなく、むしろ本質など持たない、互いに偶然的な存在であるからこそ、なにかしらいっしょにやっていくことができる、という可能性が出てくる。〉(52頁) 動物園前から京都への移動で第1章を読み終わる。



JUMPEI AMANO@Amanong22026年5月15日まだ読んでる@ 電車帰りの新幹線などでちみちみ読み進めた。くたびれたので今日は第4章まで。やはりローティの議論には必ずしもしっくりこない部分があるので(他方ですごく分かる部分もある)、次章からの彼に浴びせられた批判の検討であったり現代社会との接続が楽しみ。 〈人々が各々で自由に自己創造を行なうことと、人間は連帯しなければならないこと、このふたつは、じつは理論的には交わらないのだと認めなければならない。そしてこれを認めた場合、どういうことになるのか。それを明らかにするのが、ローティが「アンチ哲学」を踏まえて自身が構築する哲学を積極的に打ち出した『偶然性・アイロニー・連帯』だと予告しているのです。〉(62頁) 〈人権という「本質」を基盤にするのではなく、残酷さを減らすというリベラルの、したがって「公共的な目標」のために、紐帯を結ぶ。これがリベラル・アイロニストのあり方だと説くのです。〉(102頁) 〈つまり「連帯」とは、小さな共感や一人ひとりの個別の人間に対しての同情やシンパシーといったものを手がかりにつくっていかざるをえないものだということです。〉(104頁)



JUMPEI AMANO@Amanong22026年5月14日買った読み始めた@ 梅田 蔦屋書店ずっとお会いしたかった(おふたりのうちのひとりの)ご担当者様にようやく会えた。『たった一人の読者を生きる』と『まとまらない言葉を生きる』、『悲しい話は今はおしまい』と『共感と距離感の練習』がそれぞれセットで面陳されてたのも嬉しい。棚からは朱さんの話題書を購入。大阪から九条への移動で「はじめに」を読む。



Koh@tnsm02232026年5月1日気になる2026/05/01 朝井リョウさんと加藤千恵さんのポッドキャスト「信頼できない語り手」#1 で、小川哲さんがおすすめと言っていたとの哲学者 リチャード・ローティの哲学の話が気になり。























































































































































































































