乖離 "ネガティヴ・ケイパビリティで..." 2026年5月31日

乖離
乖離
@karu
2026年5月31日
ネガティヴ・ケイパビリティで生きる
ネガティヴ・ケイパビリティで生きる
朱喜哲,
杉谷和哉,
谷川嘉浩
若き哲学者、公共政策学者たち三名が「陰謀論とナラティヴ」「アテンションエコノミー」「徳とプライバシー」というテーマで重ねた対話の記録。 最近は本を読むときに気になった部分や引っかかった部分に付箋を貼るようにしてみている。本書を読みおわって、この感想を書くために付箋部を読み返してみると、自分の関心が学生時代から意外と変わってないかもということに気づいた。 「言葉とアイデンティティ」「公私と共」「物語」 私に固有ではなく広く関心を集めるテーマだからこうして本になっているのかもしれないけれど、社会に出て過ぎ去ってしまったと思っていた過去の私がまだ存在していると感じられて嬉しい読書だった。 そもそも社会人になって変わってしまった、と最も感じるのは、社内や商談の場のための言葉遣いを学生時代からの友人の前でしてしまったとき。 あ〜昔の私ならこの子と話すときに、こんな単語使わなかったのに無意識に言っちゃった……が頻発すると落ち込む。 本書でも度々、身にまとう役割やアイデンティティによって変わる言葉遣いについても言及がある。 p.59 先に紹介した定量的なヘイトスピーチの研究から見えるのは、何か根拠があって思考を進めている(=推論している)というより、ある言葉を選ぶことで敵味方の陣営分けをするみたいな図式なんですよ。だから、陰謀論者は自分の推論を明らかな形で見せることもないので、一つ一つの主張とその理由のステップを確認する余地がなくなっちゃう。つまり、そこにはコミュニケーションの取っ掛かりがないわけです。 p.182 わかりやすいストーリーに回収するような熟語、定型化されたパターンに回収されそうな言葉を禁止する。前回の「ナラティヴ」みたいな話ですけど、「ああ、そういうことね」という手近な理解に回収させないように、特定の語彙をさせないようにすることで、自分自身の自己理解自体もたぶん変わってきますもんね。 これに対して、対談者の上間さんが切り込んで、「言葉を禁じると何が残りますか」と言ったら、「それはね、うーん、比喩ですね。そう比喩の豊かさです」と言ってたんですよ。 p.200 「変にすれた人間にならない方がいいよ」という話をよくするんです。新しくビジネスのインサイダーになるときに、新しい言葉通いやスキルを身につけて、既存の感覚を上書きしてしまうのではなくて、何かに出くわしたときの然とした感覚とか、何かのタイミングで 「え、こんなことしちゃってんの、この人たち」と驚いたこととか、そういうことを温存して、 その違和感を適切に表現する人の方が、かえって組織や企業にとって有益なビジネスパーソンたりうるんです。 ネガティヴ・ケイパビリティって結局なんだ? 今いまそれを受け入れられるだけの度量が社会にあるのか? とか思いつつ、この消極的な能力に必要性と魅力を感じるのは事実なので個人的なレベルで実践してみたり、できなかったりを積み重ねていきたいと思います。 業界人にならない。公私のアイデンティティを引きつけすぎない。公私の間の共の部分を作り出す。 うーん、やっぱまだあんま自信ないや!
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