佐波長太郎 "ムーン・パレス" 2026年6月2日

ムーン・パレス
ムーン・パレス
ポール・オースター,
Paul Auster,
柴田元幸
ただの記録だけだと読書メーターと変わらないので、編集して少しは感想を書いてとおくことにする。  元はと言えば普段純文学系──だいぶ曖昧な括りであることを承知の上で……などと留保をつけつつも便宜的にこの言葉を使うが──の本をあまり読んでいるイメージのない友人が『サンセット・パーク』というポール・オースターの別の小説を読んでいたのが発端で、折角だから私も久々に読んでやるかと思って読んだのだった。因みに私のこれまではオースター遍歴はと言えば『ガラスの街』と『幽霊たち』を読み、あとは『オラクル・ナイト』を読みさしのまま手放してしまったくらいだ。『サンセット・パーク』を読む前に積んでいてかつ以前別の友人に勧められた『ムーン・パレス』を消化するつもりで読んだ。結果、かなり良かった。その後友人の口から『サンセット・パーク』の名が発されるのを聞いていないがそれはどうでもいい。  話の大筋を掻い摘んで整理しておくと、主人公は貧乏学生で伯父から貰った本とそれの入っている段ボール箱を組み立てて家具にして暮らしていた。主人公は自分を突き詰めるかのように働かないので、生活は切り詰められ、段ボールの中の本も売られる一方である。そこらへんで、キティ・ウーという魅惑的な女性と出会う。この女性は、主人公が家を追い出されシナシナになっているところを助けてくれる割に、助かってからはあまり関心がないかのように振る舞い始める。共通の友人の家でなんとか生活し、体力を回復する。ここらへんで題名にある『』ムーン・パレス」という中華料理店が出てくるが、ここ自体は印象が薄い。ムーン(月)のイメージは頻出するが、パレス(宮殿)は出てきていない筈だ。  この小説の面白いところの一つには、キティ・ウーとの恋愛話にさほど舵を切らずに、「ムーン・パレス」らへんで知り合った謎の老人トマス・エフィングとの奇妙な生活を書くことに小説が舵を切るところがあるかもしれない。恋愛話だけに終始するよりも、よっぽど青春感を醸し出している気がするというのもまた魅力の一つかもしれないが、まあそこらへんは読んでみれば分かるのであまり詳述しても仕方ない。  個人的に面白かったのは、終盤で出てくる太った男性が月のイメージと勝手に私の頭の中で結びついてしまったところで、これは完全に『万延元年のフットボール』の月のように太った女性のイメージに汚染されているだが、そうでありながらかなりしっくり来る。この小説では、月というモチーフが現実世界と抽象世界を繋ぐ架け橋になっているので、終盤に出てくる男性をその月に準えるのはそんなに素っ頓狂でもない筈なのだ。  その他良かった点としては、文章がユーモアに富んでいて面白いという単純ながら肝心なところと、挿話だ。文章が良いのは私には良いとしか言いようがないが、挿話に関してはもう少し言えることがありそうだ。例えば、この小説にはエフィングが語る半生記や終盤に出てくる小説の粗筋、キティ・ウーに纏わる逸話なども含めるとそれなりに挿話がある。ある時はそれらを頭の片隅に留めながら、ある時はそれらと並走するように読み進めていく感覚は喜ばしい。物語が好きだから、物語の中に物語が出てくると嬉しい。そして、それ以上に物語化しきれなさを挿話から感じる。登場人物がどこかの挿話に対して感想や批評を加えているところなども面白い。新鮮に、自分とは違う読みをする読者に対する感動がある。他のオースター作品でも、こういう良さはあったが、『ムーン・パレス』はボリュームがそれなりにある小説なので一層、色々な挿話やイメージが飛び交っており、それでいて煩くなっていないのが良かった。  村上春樹ではないがやはり小説には、ユーモアと音楽性と親切心が大事だと思った。まあ、今回はここらへんで。
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