活字畑でつかまえて "ハイファに戻って/太陽の男た..." 2026年6月4日

ハイファに戻って/太陽の男たち
ハイファに戻って/太陽の男たち
ガッサーン・カナファーニー,
奴田原睦明,
黒田寿郎
「ガザに地下鉄が走る日」で引用されていたので 興味がわいたカナファーニーの短編集 とんでもない作品群だ。 ただただ圧倒され倒しだった。 『太陽の男たち』 いわゆる密入国もの。 サスペンスフルだ。 「ガザに地下鉄が走る日」で結末は語られていたにも関わらず。 書き出しからしてすばらしい。 まるで映画のファーストカットのようだ。 「おまえ以外の誰もがおまえよりもの知りだ••••••おまえ以外の誰もが」 「この長の十年の間に人々はそれぞれ自分の道を切り拓いてきたが、おまえときたら賤しい主家の追いぼれ犬のように、ただ坐りこんで無為の日々を送ってきたのだ••••••散々待ち侘びて何があったというのか」 主人公、アブー•カイスはどうやら 心根が弱い設定のようだ。 なるほど アブー•カイスはあくまで クウェイトへ密入国を目論む登場人物のうちの一人という設定なのか。 「アブー•カイスがこれまで冒険じみたことをしたことがあると思うか••••••あの男はうまくはいかんぞ•••••このいまわしいお天道さまに賭けたっていいが、こいつはまず絶対に間違いなしだ。」 アブー•カイス、ひどい言われようである。 『悲しいオレンジの実る土地』 主人公たちが難民となった夜、ユダヤ人宅に押し入り「あんたたちはパレスチナへ行けばいいんだ!」と声を荒げたおじさんの凄まじさ。 圧倒されたユダヤ人家族は隣の部屋に移り ようやく屋根とタイル張りの床を獲得する。 まず声を荒げることの重要性。 ん?そんな生易しいものではない。 わずか11ページの凄まじい短編だ。 『路傍の菓子パン』 とんでもない傑作 難民児童学校に赴任した教師とその生徒ハミード少年の短編 お願いだからこの二人の絆だけは 永遠であってくれと願わずにはいられない。 夜中まで上映している映画館の前で 菓子パンを売るハミード少年。 しかし客待ち中に睡魔に襲われ、客を逃してしまうこともある。もちろん勉強に身が入るわけがない。 ため息しかでない。 凄まじい短編だ。 自分の甘さをこれでもかと殴られる。 俺こそが菓子パン野郎だ。 「難民児童学校では、どの生徒も自分の悲劇を決して明かそうとはしないのだった。どの生徒も、それをきつく胸の底にたたみこんでしまっていて、なんだかそこには、そうすることが義務であもあり、掟でもあるという互いの黙約げあるかのようでさえあった。」 「おまえ知ってるか?先生の兄貴もなあ、死んじゃったんだぞ」 「本当?」 「そうだよ、でっかい自動車に轢かれちまったんだ」 『ぼくは嘘をついていたのだ。ぼくは何としてもでも、この小さな子供の悲しみの中に一緒に入りこんでやりたかった。』 胸が苦しい。 「ぼくは自分が彼の生涯におきた悲劇を傍観するだけの、単なる行きずりの者だけで終ることが、どうしてもできなかった。」 俺もそういう人になりたい。 『盗まれたシャツ』 「この溝掘り仕事を終りにして、テントの中に入り冷たい掌を焦げるほど火にかざすことができたら、どんなにいいだろうと彼は思った」 掌を焦げるほど、という表現がすごい。 俺はそこまで切実に火を求めたことがないのだろう。 こちらの脳天をかち割られる作品だ。 『彼岸へ』 とんでもない言葉の掃射。当たり前だ。 パレスチナ人がどれだけのことをその胸に溜め込んできたのか、すべての者を薙ぎ倒すだけの権利が彼らにはある。 『戦闘の時』 「それは、戦争のさなかのことだった。戦争?いや、ちがう。それは戦闘状態そのものだ。つまり敵との間断のない、激戦のさなかのことなのだ。なぜって、戦争にはその間に心を安らげてくれる微風がこころよく吹く時だってあるし、そんなとき兵士たちはほっと息抜きすることができるだろう。それに、休戦とか、停戦とか、前線から退いてとる休暇だってある。ところが戦闘ってやつは、ひっきりなしに弾丸がとびかっている状態のことだろう。」 戦争は微風が吹き抜ける時が僅かながらある。 すごい表現だ。 「それは、戦闘時のことなのだ。ぼくがこう言うのも、きみはそれがどんなものか知らないからなのだ。そのとき、世の中はさかさまにひっくり返っちまっているんだ。誰一人道徳はどうしたなんて、問う者はいないんだ。そんなことを言う奴がいたら、さぞかし滑稽に見えるだろうなぁ。どんなふうにでもいい、どんな手段を使ってでもいいから生きのびること、それこそが、立派に徳を達成することになるんだよ。いいね!人間、死んじまったら徳もへちまもありはしなくなっちまうのさ、そうじゃないかい?」 「さあ、それじゃあ、戦闘時においてきみのすべきことは、第一番目の徳を達成するってこと、つまり自分が生きのびるってことなんだということで、同意してくれるね。それ以外のことは、二の次なのさ。なぜってきみ、戦闘が続けば二番目のものなんてありはしないのさ。きみは一番目の徳を果たして終えてしまうということはないのさ」 ホールデンのような饒舌体がおもしろい。 「戦闘」のメタファーや結末までサリンジャーのようだ。 他の短編に比べて喜劇的な要素があるのが面白いし したたかさを際立たせている。 つまりなんとか生きていかねばという強靭さがある。深刻なだけでは生き延びていけないのだ。 『ハイファに戻って』 これぞ人間ドラマ ただただ感服。 とんでもない高みに達した作品だと思う。
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