中根龍一郎 "君のクイズ" 2025年3月23日

君のクイズ
野田彩子が『君のクイズ』を漫画化、というニュースを見て、それはうれしいな、と思いつつ、本庄絆(と思われる男)の顔が(かなり好みの顔でありつつ)自分の想像とけっこう違っていたので、読み直した。読んでいくうちに、どんどん野田彩子の絵の本庄絆が読みたくなった。小説の登場人物の顔のイメージというのは不思議だ。 本庄絆に限らず、『君のクイズ』には登場人物の外見描写はほとんどない。学歴やクイズ戦歴のようなプロフィール的(あるいは百科事典的——本庄絆の知識のような——)情報、表情や仕草、クイズへの向き合い方の描写はあるが、ファッションやヘアスタイルのような描写はほとんど出てこない、ということに、読み直して改めて気づいた。 カメラが引き、横に並んだ僕たち二人を映す。一七一センチの僕の目線は、本庄絆の顎くらいの高さだ。彼は一八五センチくらいあるだろうか。 (『君のクイズ』p.93) その中で、この身長差の描写はめずらしい。最初に読んだ時は見落としていた、というか、あまり印象に残らなかった。でもこれを野田彩子の漫画で読めるなら、たちまちこの14cmの身長差がきわめて味わい深いものとして立ち上がってくる。『君のクイズ』は、ある見方をとるなら、ひとりの男がひとりの男を追い続ける話だ。そしてそういう話として見た時に、『君のクイズ』の野田彩子によるコミカライズは、とてもぴったりなものに思えてくる。 小説の中で語られる「クイズプレイヤーが超人や魔法使いだと思われてしまう問題」(それ自体はテレビの演出とクイズが不可分だったために出てきた問題で、謝辞の宛先に挙げられている伊沢拓司もしばしば語ってきていた)は、校正者にも身近だ。校正者はすべてを知っているわけではないが、その職業上、しばしばだれかが知らなかったことを調べ出して指摘する。すると、校正者はすべてを知っているように思われてしまう……もちろんそんなことはない。校正者は間違いをする。勘違いもする。知らないことは山のようにある。しかし、調べ物については多少のノウハウもある。魔法のような調べ物ができるという奇妙な評価が、次の仕事につながることもある。実際に、「スペシャルな疑問に期待しています」というおそろしい注文を添えて仕事が来たこともある。 ゲラはショーの舞台ではないし、ゲラでショーのような疑問を出してはいけない。しかし、しばしば私たちはコミュニケーションの不得意さから(あるいはあるていど意図もして)、ゲラをショーにしてしまうことがある。三島玲央の述懐は他人事ではない、と思う。 そこで我慢したせいで、僕は超人になってしまう。結果的に僕は魔法を使ったことになり、クイズプレイヤーの超人神話に加担する。  今になって思う。僕は自分が魔法使いではないことをきちんと説明するべきだった。 (『君のクイズ』p.114)
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