
阿久津隆
@akttkc
2026年5月21日
読んでる
オールド・ベイヤードは屋根裏部屋みたいなところに入って、大きな箱を開けて、大きな聖書を手に取った。
紙は経年のために褐色でやわらかな美しさをたたえ、その手触りはわずかに湿った木灰のようで、まるでそれぞれのページが、古風で消えかかった印刷によって、手つかずのまま保たれているかのようだった。彼は気をつけて後ろへとページをめくり、見返しの遊びの部分を開いた。最後の白紙のページの下の方から、人名と日付の列がひどくそっけなく、薄れながら上へとのび、時がのしかかるにつれて次第に薄くなっている。ページの最上部の文字はまだ読めたし、それは前のページの最下部も同様だった。だがそのページの中ほどまでのぼったところで文字の列は絶え、そこからは白紙となっていて、時がうっすらと残した薄いまだらのしみと、意味ありげではあるが意味を持たない、たまたまペンを走らせた褐色の跡があるばかりであった。
ベイヤードは長いあいだ座ったまま、自分の神格化された名が仮借なく消えていくのを見つめていた。サートリス家の者たちは〈時〉をあざ笑ったが、しかし〈時〉は報復を望んだりはしなかった。〈時〉の方がサートリス家の者たちより長生きだからだ。たぶん、彼らのことを気にもとめなかっただろう。だがそれでも、それは悪くない身ぶりだった。
\<q class="quoteinfo-wrapper"\>\<span\>ウィリアム・フォークナー『土にまみれた旗』(諏訪部浩一訳、河出書房新社)p.124\</span\>\</q\>
それからベイヤードは過去に思いをめぐらして、父の声が聞こえ、戦場が浮かび、髑髏に見返され、それから天国のことを考えると、万年筆を取り出して人名と日付の列のところに「ジョン・サートリス。一九一八年七月五日」と「キャロライン・ホワイト・サートリスと息子。一九一八年一〇月二七日」と書き込んだ。