
itshin
@it_shine
2026年6月3日
ギリシャ語の時間
ハン・ガン,
斎藤真理子
読み終わった
なぜこの本を手に取ったか、と言えば、私も20代から30代にかけて言葉を喋ることができなかったからだ。そして、そのことに痛みを感じていたからだ。
そして、それだけではない。たぶん、一つのきっかけは村上原作の『バーニング』という韓国映画を観たことだろう。それをうっかりと観たことによって、韓国という国へのハードルが下がっていたのだ。それまで、韓国に興味を持っていたかというと、たぶん、そんなことはない。
それに、最近ラテン語に関する本を読んでいたことも親しみを持つきっかけだったのかもしれない。それで、やっと、この本を読むお膳立てが済んだ。準備が済んだというか。
そして、この本で、ハン・ガンに魅了された。言葉を喋れないとかそんなことはたぶん、今の自分にとって大事なことではない。いや、大事な、しっかりと心に刺さることではあるのだけど、本質ではないというか。
読んでいる途中で次のハン・ガンを書店で手に入れていた。
目の見えない人と、言葉を喋れない人。そのマッチングを、私は愛おしく読んだ。いろんな要素があるし、それが美しい言葉で描かれている。
本書の彼女のように、私は特に言葉に敏感だったりしたわけではない。ただ障害としてそうだっただけだ。だけど。
本書の彼女の気持ちが沁みる場面もあるし、わからない部分ももちろんある。でも、そんなことはどうでいい。小説として、とてもいい。誰がどんなことを言ったっていい。自分の中に残った、あるいは、読んでいく経過として、こんな時間を味わえたのだから。それでいい。それが全てだし、それが小説の醍醐味だろう。「美しい」とまとめてしまうだけでもこぼれ落ちてしまうものがあまりにありすぎる。
ちょうど台風の豪雨の中家にこもって読めたことも良かったのかもしれない。そういう偶然があったりするのだ。
小説って面白い。素晴らしいものを読んだ。









